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雑用係だと思っていた俺の貢献値が、なぜか学園最高記録だった件  作者: 空城ライド


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第9話 呼ばれた名前

 試験当日は、朝から空気が張り詰めていた。


 三つの会場。

 百名以上の生徒。

 教師、監督、救護、連絡役。


 すべてが予定通りに動いている――

 ように見えた。


「第一会場、進行問題なし」


「第二会場、準備完了」


 連絡は順調。

 想定内。


 俺は、端の方で全体を眺めていた。

 調整科の一員として、いつも通り。


「……ん?」


 胸の奥が、わずかにざわつく。


 第二会場。

 開始直前。


 人の流れが、僅かに重なっている。


 ほんの数秒。

 だが、この規模では――致命的になる。


「まずいな……」


 俺は、無意識に一歩踏み出しかけて、止まった。


 ――呼ばれていない。


 勝手に口を出せば、混乱を増やすだけだ。



 次の瞬間だった。


「連絡! 第二会場、進行遅延!」


 声が上がる。


「原因は?」


「待機組と移動組が重なって――指示が通りません!」


 ざわめき。


 教師たちが顔を見合わせる。


 誰かが指示を出さなければならない。

 だが、全体を把握している者がいない。


「……誰が、動線を組んだ?」


 一瞬の沈黙。


 そして、

 誰かが言った。


「――あの人です」


 視線が、一斉にこちらへ向いた。


 初めてだった。

 逃げ場のない注目。


「……君だな」


 白髪交じりの教師が、はっきりと言う。


「第二会場、どうすればいい?」


 もう、“雑用係”では済まされない。


 全員が待っている。

 名前が必要な場面だった。


 俺は、一度だけ息を吸う。


「……移動組を左に。

 待機は、そのまま三分止めてください」


「理由は?」


「今、動かすと詰まります」


 即答だった。


「三分後、合図を出します」


 一瞬の間。


「――従おう」


 教師が決断する。



 指示は、正確に伝達された。


 三分。


 混乱は収まり、

 人の流れが、滑らかになる。


「……通った」


「嘘だろ……」


 誰かが、呟いた。


 第二会場、再始動。


 遅延は、最小限で済んだ。



 静まり返る中、

 教師がこちらへ歩いてくる。


「……改めて聞く」


 その声は、穏やかだが、重い。


「君の名前は?」


 逃げる理由は、もうなかった。


「……ユウです」


 一瞬、周囲が息を呑む。


 名乗るだけで、

 空気が変わる。


「姓は?」


「必要ですか?」


 教師は、少しだけ笑った。


「……いや。今はいい」


 そして、全体に向けて言う。


「以後、調整は――

 ユウの指示を最優先とする」


 どよめき。


 だが、反対は出なかった。


 すでに、結果が出ている。



 試験は、その後も大きな混乱なく進んだ。


 小さなトラブルはあった。

 だが、全て“起きる前”に潰された。


 気づけば、

 誰もが自然に言っていた。


「ユウに確認を」


「ユウの判断は?」


「ユウなら、どう見る?」


 ――名前が、役割になっていく。



 夕方。


 試験は、成功だった。


 学園史上、最も静かな大規模試験。


 教師たちは、確信していた。


 もう、後戻りはできない。



 夜、管理棟。


「……ついに名が出ましたね」


「ああ」


 水晶板には、

 跳ね上がった《貢献値》。


 もはや、隠しようがない。


「次は、どうします?」


 白髪交じりの教師は、少しだけ目を細める。


「次は――

 本人が、どこまで引き受けるかだ」



 その頃、俺は一人、外の空気を吸っていた。


「……名乗っちゃったな」


 苦笑する。


 目立つのは、得意じゃない。

 今も、それは変わらない。


 だが――

 呼ばれた以上、逃げるわけにもいかない。


 名前は、責任だ。


 そして同時に、

 この学園が俺を“必要とした”証でもあった。


 雑用係だった俺の立場は、

 この瞬間、確かに変わった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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