第8話 前提条件
次の試験は、学園でも指折りの規模だった。
参加生徒は百名以上。
会場は三か所同時使用。
実技・判断・連携を同時に測る、総合試験。
「……正直、面倒だな」
俺は資料をめくりながら、小さく息を吐いた。
動線図。
配置表。
時間割。
どれも単体なら、まだいい。
問題は――それらが同時に動くことだ。
「ここが詰まると、全部止まる」
赤ペンで、会場中央に印をつける。
人が集まりやすい。
判断が遅れやすい。
トラブルが起きた時、逃げ場がない。
「……先に潰しておくか」
誰に頼まれたわけでもない。
だが、見えてしまった以上、放っておけなかった。
*
調整科の部屋では、いつもより人数が多かった。
「今回の試験、かなり大掛かりですね」
「準備、間に合うかな……」
不安の声が上がる。
俺は、全体図を机に広げた。
「まず、ここ」
指で示す。
「この通路、二列進行にする。
一列だと、絶対に詰まる」
「え、でも去年は――」
「去年は、参加者が少なかった」
即答。
「今回は、無理」
一瞬、空気が止まる。
だが、誰も反論しなかった。
「次に、待機位置。
ここを分散させる。
固まると、指示が通らない」
「……確かに」
「最後に、連絡役を固定する。
毎回変えると、伝達が遅れる」
言いながら、俺は自分でも不思議に思っていた。
――なんで、こんなに自然に話してるんだ?
普段は、もっと遠慮している。
口出ししすぎないように、気をつけている。
だが今回は、違った。
「失敗したくない」
その気持ちが、前に出ていた。
*
教師が一人、部屋の隅でその様子を見ていた。
(……もう、“相談”じゃないな)
これは、提案でも助言でもない。
前提条件だ。
彼が言う通りに組まなければ、
試験そのものが成立しない。
「……この配置で行こう」
教師が、そう言った。
調整科の生徒たちが、一斉にこちらを見る。
「……いいんですか?」
「問題が起きたら、私が責任を取る」
教師の声は、静かだが揺るがなかった。
*
準備が進むにつれ、奇妙な変化が起き始めた。
「次の確認、彼に聞いてからで」
「この判断、調整科に回そう」
「……いや、あの人に確認しよう」
“調整科”ではない。
“あの人”。
名前は、まだ出ない。
だが、指し示す先は一つだった。
俺は、その空気に気づかないふりをしていた。
「ここ、修正しといた方がいい」
「了解です」
返事が、即座に返ってくる。
以前なら、
「本当に必要か?」
という一拍があった。
今は、ない。
*
夕方。
教師が、そっと声をかけてきた。
「……疲れていないか」
「大丈夫です」
事実だった。
不思議と、疲労は少ない。
全体が、うまく回っている。
無駄な修正が、ほとんどない。
「君がいると、準備が静かだな」
教師の言葉に、俺は少し考えた。
「……騒がしいより、いいですよね」
「ああ」
一瞬、教師が笑った。
*
夜。
管理棟の記録室では、
またしても数値が更新されていた。
「……準備段階で、これか」
《貢献値》の増加は、
試験前にもかかわらず、
すでに異常域に達している。
「名前を出さないのが、難しくなってきたな」
「……試験当日だ」
誰かが言った。
「当日、
彼を呼ばなければ回らない瞬間が来る」
*
その頃、俺は部屋で、最終確認のメモを閉じていた。
「……これで、大丈夫なはず」
自分に言い聞かせるように呟く。
だが、心の奥に、
小さな予感が芽生えていた。
――もし、当日。
想定外が起きたら。
その時、
俺はどこまで踏み込むつもりなんだろう。
名前も、肩書きもないまま。
その答えは、
もうすぐ、出る。
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