第5話 減っていく失敗
それに最初に気づいたのは、実技科の教師だった。
「……今年、妙に静かだな」
演習場を見渡しながら、彼はそう呟いた。
怒鳴り声が少ない。
担架が出る回数も減っている。
救護班の待機時間が、やけに長い。
「平和でいいじゃないですか」
別の教師が笑って返す。
「まあ、そうなんだが……」
違和感は、説明できないほど小さい。
だが、無視できないほど積み重なっていた。
*
調整科の部屋では、いつも通りの光景が広がっている。
「この書類、次の演習で使う分です」
「了解」
「あと、こっちは昨日の相談内容のまとめ」
「そこ置いといて」
淡々と仕事を回す。
特別な会話はない。
ただ、作業は滞らない。
「……あれ?」
書類を整理していた調整科の一人が、首をかしげた。
「去年より、修正依頼が少なくない?」
「そういえば……」
「演習後のクレームも減ってる」
だが、その理由を深掘りする者はいなかった。
減っているなら、それでいい。
問題が起きていないなら、話題にもならない。
それが、裏方の世界だ。
*
一方、実技科。
「くそ……」
例の実技科エリートが、剣を地面に突き立てた。
今日の演習も、上手くいかなかった。
個人の動きは悪くない。
むしろ、良い。
だが、チーム全体になると噛み合わない。
「なんでだ……」
これまでは、力で押し切れていた。
多少乱れても、結果は出ていた。
それが、最近は違う。
少しのズレが、
致命的な失敗につながる。
「……お前ら、慎重すぎる!」
「いや、前に出すぎだろ!」
言い合いが始まり、演習は中断。
教師が間に入る。
「今日はここまでだ」
不完全燃焼。
成果なし。
焦りだけが、残った。
*
その日の夕方。
俺は、調整科の一角で簡単な集計をしていた。
演習内容。
相談件数。
修正依頼の有無。
「……減ってるな」
失敗例が、明らかに少ない。
だが、それを良いことだとは思わなかった。
「起きてないなら、それでいいか」
問題は、起きてから考えればいい。
起きないなら、それに越したことはない。
俺は、そう考えるタイプだった。
*
教師室では、別の集計が進んでいた。
「演習失敗率、前年比三割減」
「事故件数、半分以下」
「救護対応……ほぼ無し」
数字が並ぶ。
静まり返る室内。
「……おかしいな」
誰かが言った。
「今年の生徒が、特別優秀とは思えない」
「教え方も、変えていない」
「なのに、結果だけが良くなっている」
白髪交じりの教師が、腕を組む。
「原因は、内部にある」
「内部?」
「目立たないところだ」
全員が、同じ方向を思い浮かべた。
だが、まだ名前は出ない。
「調整科を、もう少し観察しよう」
それが、この日の結論だった。
*
夜。
俺は自室で、いつものようにメモを整理していた。
今日あったこと。
相談内容。
小さな引っかかり。
「……特に問題なし、か」
そう書いて、紙を閉じる。
気づいていなかった。
“問題が起きない状態”そのものが、
すでに異常だということに。
*
管理棟の奥。
「……失敗が、減りすぎている」
記録係が、水晶板を指でなぞる。
《貢献値》の線は、
相変わらず派手さのない上昇を続けていた。
「ここまで来ると、隠しきれるかどうかの問題だな」
「……まだだ」
即答だった。
「彼は、自分の名前が出ることを望まない」
「……分かっているんですか?」
「分かるさ」
静かな笑み。
「こういう人間は、そうだ」
*
その頃、俺は灯りを落とし、ベッドに横になる。
今日も一日、無事に終わった。
失敗も、事故もない。
「……平和だな」
それでいい。
それが、雑用係の仕事だ。
――少なくとも、
この時点では、そう思っていた。
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