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雑用係だと思っていた俺の貢献値が、なぜか学園最高記録だった件  作者: 空城ライド


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第5話 減っていく失敗

 それに最初に気づいたのは、実技科の教師だった。


「……今年、妙に静かだな」


 演習場を見渡しながら、彼はそう呟いた。


 怒鳴り声が少ない。

 担架が出る回数も減っている。

 救護班の待機時間が、やけに長い。


「平和でいいじゃないですか」


 別の教師が笑って返す。


「まあ、そうなんだが……」


 違和感は、説明できないほど小さい。

 だが、無視できないほど積み重なっていた。



 調整科の部屋では、いつも通りの光景が広がっている。


「この書類、次の演習で使う分です」


「了解」


「あと、こっちは昨日の相談内容のまとめ」


「そこ置いといて」


 淡々と仕事を回す。

 特別な会話はない。


 ただ、作業は滞らない。


「……あれ?」


 書類を整理していた調整科の一人が、首をかしげた。


「去年より、修正依頼が少なくない?」


「そういえば……」


「演習後のクレームも減ってる」


 だが、その理由を深掘りする者はいなかった。


 減っているなら、それでいい。

 問題が起きていないなら、話題にもならない。


 それが、裏方の世界だ。



 一方、実技科。


「くそ……」


 例の実技科エリートが、剣を地面に突き立てた。


 今日の演習も、上手くいかなかった。


 個人の動きは悪くない。

 むしろ、良い。


 だが、チーム全体になると噛み合わない。


「なんでだ……」


 これまでは、力で押し切れていた。

 多少乱れても、結果は出ていた。


 それが、最近は違う。


 少しのズレが、

 致命的な失敗につながる。


「……お前ら、慎重すぎる!」


「いや、前に出すぎだろ!」


 言い合いが始まり、演習は中断。


 教師が間に入る。


「今日はここまでだ」


 不完全燃焼。

 成果なし。


 焦りだけが、残った。



 その日の夕方。


 俺は、調整科の一角で簡単な集計をしていた。


 演習内容。

 相談件数。

 修正依頼の有無。


「……減ってるな」


 失敗例が、明らかに少ない。


 だが、それを良いことだとは思わなかった。


「起きてないなら、それでいいか」


 問題は、起きてから考えればいい。

 起きないなら、それに越したことはない。


 俺は、そう考えるタイプだった。



 教師室では、別の集計が進んでいた。


「演習失敗率、前年比三割減」


「事故件数、半分以下」


「救護対応……ほぼ無し」


 数字が並ぶ。


 静まり返る室内。


「……おかしいな」


 誰かが言った。


「今年の生徒が、特別優秀とは思えない」


「教え方も、変えていない」


「なのに、結果だけが良くなっている」


 白髪交じりの教師が、腕を組む。


「原因は、内部にある」


「内部?」


「目立たないところだ」


 全員が、同じ方向を思い浮かべた。

 だが、まだ名前は出ない。


「調整科を、もう少し観察しよう」


 それが、この日の結論だった。



 夜。


 俺は自室で、いつものようにメモを整理していた。


 今日あったこと。

 相談内容。

 小さな引っかかり。


「……特に問題なし、か」


 そう書いて、紙を閉じる。


 気づいていなかった。


 “問題が起きない状態”そのものが、

 すでに異常だということに。



 管理棟の奥。


「……失敗が、減りすぎている」


 記録係が、水晶板を指でなぞる。


 《貢献値》の線は、

 相変わらず派手さのない上昇を続けていた。


「ここまで来ると、隠しきれるかどうかの問題だな」


「……まだだ」


 即答だった。


「彼は、自分の名前が出ることを望まない」


「……分かっているんですか?」


「分かるさ」


 静かな笑み。


「こういう人間は、そうだ」



 その頃、俺は灯りを落とし、ベッドに横になる。


 今日も一日、無事に終わった。

 失敗も、事故もない。


「……平和だな」


 それでいい。


 それが、雑用係の仕事だ。


 ――少なくとも、

 この時点では、そう思っていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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