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雑用係だと思っていた俺の貢献値が、なぜか学園最高記録だった件  作者: 空城ライド


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第4話 記録係のメモ

 調整科の机は、書類で埋まりやすい。


 試験日程。

 使用備品の一覧。

 生徒の配置図。


 どれも重要だが、誰も積極的にやりたがらない仕事だ。


「……また増えたな」


 俺は机の端に積まれた紙束を見て、小さく息を吐いた。

 相談が増えた分、記録も自然と増えている。


 だからといって、特別なことをしているつもりはなかった。


 誰がどんな癖を持っているか。

 どの場面で失敗しやすいか。

 どう配置すれば、余計な混乱が起きないか。


 それを、忘れないように書き留めているだけだ。


「……雑用の延長だな」


 そう思いながら、ペンを走らせる。



 その日の午後。

 実技科の演習場で、小さな事故が起きかけた。


「危ない!」


 前衛の一人が足を取られ、体勢を崩す。

 その先には、未起動の魔導具が並んでいた。


 ぶつかれば、破損は避けられない。


 だが――直前で、事故は防がれた。


「……?」


 転びかけた生徒が、首をかしげる。


 足元にあったはずの段差が、ない。


 実際には、段差そのものが消えたわけじゃない。

 前日のうちに、位置が少しだけ変えられていたのだ。


 ほんの数歩分。

 誰も気に留めない程度。


「ここ、危ないって書いてあったよな……」


 近くにいた教師が、手元の紙を見返す。


 そこには、簡単な注意書きがあった。


――通路右側、視界が切れる。

――踏み込み時に死角あり。

――配置変更推奨。


「誰が書いた?」


 教師が周囲を見回す。


 誰も答えない。



 その後、教師室。


「このメモ、どこから来た?」


 数枚の紙が、机の上に広げられていた。

 走り書きだが、要点は的確だ。


「調整科の提出物です」


「担当は?」


「……彼です」


 名前が、初めて口にされた。


 白髪交じりの教師が、静かに頷く。


「やはり、か」


「ご存じだったんですか?」


「薄々はな」


 教師は窓の外を見た。


「事故が減りすぎている。

 失敗が、説明できない形で減っている」


 それは、奇跡でも偶然でもない。

 積み重ねだ。


「だが、本人は気づいていない」


「……それで、どうします?」


 しばらくの沈黙。


「今は、まだいい」


 教師は首を横に振った。


「表に出せば、潰される。

 彼は前に立つタイプじゃない」


 その言葉に、誰も反論しなかった。



 夕方。


 俺はいつものように、演習場の後片付けをしていた。


「……あ」


 足元に落ちていた紙を拾う。

 見覚えのある、自分の字。


 どうやら、誰かが持ち出して、そのまま返し忘れたらしい。


「回収しないとな……」


 メモをまとめていると、

 背後から声がした。


「これ、君が書いたのか」


 振り返ると、あの教師が立っていた。


「……はい」


「分かりやすいな」


 それだけ言って、紙を返してくる。


「無駄がない。

 だが、消耗する書き方だ」


「仕事ですから」


 教師は、少しだけ目を細めた。


「君は、自分が何をしているか分かっているか?」


 問いかけは、柔らかい。


「……雑用、です」


 一瞬、教師が笑ったように見えた。


「そうか」


 それ以上、何も言わなかった。



 夜、管理棟。


「……今度は、事故回避か」


 記録係が、静かに数値を確認する。


 《貢献値》は、派手に跳ねない。

 だが、確実に積み上がっている。


「ここまで来ると、偶然じゃないな」


 誰かが呟く。


「でも、本人に知らせるのは――」


「まだだ」


 判断は変わらない。



 その頃、俺は部屋で、メモを整理していた。


 紙の束を揃え、不要なものを捨てる。


「……残すほどのことでもないか」


 独り言のように呟き、灯りを消す。


 知らなかった。


 その「残すほどでもないメモ」が、

 学園の事故率を大きく下げていたことを。


 そして――

 俺自身の評価を、静かに押し上げていたことを。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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