第3話 増えていく相談
相談窓口に、人が並ぶようになったのは――
たぶん、偶然だ。
少なくとも、俺はそう思っていた。
「すみません、今いいですか?」
「ちょっと相談が……」
「順番、待った方がいいですか?」
調整科の小さな部屋の前。
気づけば、三人ほどが立っていた。
「……あれ?」
俺は思わず、声を漏らす。
昨日までは、来ても一人か二人。
それも、不満を吐き出して帰るだけだったはずだ。
「えっと、順番でどうぞ」
俺がそう言うと、皆ほっとしたように頷いた。
最初に入ってきたのは、実技科の女子生徒だった。
表情は硬く、視線が落ち着かない。
「……私、向いてないんでしょうか」
開口一番、それだった。
「何が?」
「前衛、です。
周りは皆、もっと派手に動けてるのに……
私だけ、遅れてる気がして」
話を聞く限り、能力が低いわけじゃない。
ただ、慎重すぎる。
突っ込む役に配置されているが、
判断が一拍遅れるせいで、全体のテンポを崩している。
「無理して前に出なくてもいいと思う」
「え?」
「観察力、あるだろ。
後ろから全体を見て、指示出す方が向いてる」
彼女は、しばらく黙り込んだ。
「……それ、逃げじゃないですか?」
「逃げでもいい。
でも、生き残る逃げは悪くない」
少し考えてから、彼女は小さく笑った。
「……変な人ですね」
「よく言われる」
嘘だけど。
*
二人目は、技術科の男子だった。
「失敗続きで……
正直、向いてないのかと思ってます」
彼の机上には、作りかけの魔導具。
構造は悪くない。
だが、完成を急ぎすぎている。
「ここ、何回失敗した?」
「三回……」
「なら、三回分の原因、全部書き出してみたら?」
「え?」
「次に同じ失敗しないための雑用」
彼は半信半疑ながら、頷いた。
――才能の有無より、
立ち止まれるかどうかの方が、大事なこともある。
*
三人目が入ってきた時、
部屋の空気が少しだけ変わった。
「……あんたが、最近評判の“調整役”か」
腕を組み、壁にもたれかかる男子生徒。
実技科の中でも、目立つ存在だ。
剣技成績は常に上位。
自信に満ちた態度。
――対比としては、分かりやすい。
「評判、なんてないよ」
「謙遜すんな。
最近、妙に上手くいってるチームがある。
その裏に、あんたがいるって聞いた」
俺は肩をすくめた。
「たまたま、だ」
「そうは見えねぇ」
彼は一歩、距離を詰める。
「言っとくけどな。
俺は、裏から口出されるのが嫌いなんだ」
威圧。
だが、感情は怒りより焦りに近い。
「分かった」
「……は?」
「嫌なら、無理に来なくていい」
彼は一瞬、言葉を失ったようだった。
「俺は頼まれたことしかやらない。
君のチームは、今のところ相談に来てない」
沈黙。
「……ちっ」
舌打ち一つ残し、彼は部屋を出ていった。
正直、ほっとした。
揉めるのは苦手だ。
*
その日の演習。
あの実技科エリートのチームは、
いつも通り派手に動き――そして、崩れた。
連携ミス。
被弾。
立て直しに時間がかかる。
「……なんでだ」
彼の呟きが、風に紛れて聞こえた。
一方、相談に来た生徒たちのチームは、
地味だが安定していた。
目立たない。
だが、確実に前に進んでいる。
*
夕方、教師の一人が俺を呼び止めた。
「最近、相談が増えているようだね」
「……そうみたいです」
「無理はしていないか?」
問いかけは穏やかだが、視線は鋭い。
「仕事の範囲内です」
教師は、少しだけ黙った。
「……そうか」
それ以上、何も言わなかった。
だが、その背中は、
何かを確かめるように見えた。
*
夜。
管理棟の記録室で、職員が小さく息を呑む。
「……増え方が、一定じゃない」
《貢献値》のグラフは、
相談が増えた時間帯に合わせて、
わずかに傾きを変えていた。
「やっぱり、中心は――」
その名は、まだ口にされない。
*
俺は自室で、今日のメモを閉じる。
「……相談、増えすぎじゃないか?」
少しだけ、困る。
でも、誰かが楽になるなら――
断る理由も、見つからなかった。
それが、雑用係の性分だ。
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