第10話 名前が持つ重さ
翌朝。
学園の空気は、わずかに変わっていた。
掲示板の前で、数人の生徒が立ち止まっている。
試験結果の速報――その下に、簡単な注記が添えられていた。
※進行・調整において特筆すべき貢献あり
名前は書かれていない。
だが、誰のことかは、もう分かっていた。
「……ユウ、だよな」
「昨日、第二会場まとめたって」
「調整科の……?」
小さな声が、廊下を流れていく。
俺は、その横を何食わぬ顔で通り過ぎた。
名前を知られたからといって、
俺自身が変わったわけじゃない。
――仕事は、仕事だ。
*
実技科の演習場。
「……気に入らねぇ」
剣を肩に担いだまま、彼は吐き捨てるように言った。
第3話で対峙した、あの実技科エリートだ。
「たった一回、指示が通ったくらいで……」
「でも、事実だろ」
仲間の一人が、静かに言う。
「昨日の混乱、あいつが止めた」
「だから何だ」
声が荒くなる。
「俺たちは、前から結果を出してきた。
それを――裏方一人で評価ひっくり返されてたまるか」
怒りの矛先は、俺ではない。
“自分たちの立場が揺らいだこと” そのものだ。
*
一方、教師室。
「早いですね。噂が回るのは」
「仕方ありません」
白髪交じりの教師が答える。
「名前が出た以上、
彼はもう“個人”として見られる」
「問題は――」
「ええ」
教師は資料を閉じた。
「これからは、
彼を外した判断が、すべて比較対象になる」
*
調整科の部屋。
「……ユウ」
初めて、同級生が俺の名前を呼んだ。
「ん?」
「その……昨日は、すごかったな」
「そう?」
「うん。
正直、助かった」
ぎこちないが、悪意はない。
「仕事だよ」
それだけ返すと、彼は少し困った顔で笑った。
「……そういうとこだよな」
何が“そういうとこ”なのかは、よく分からない。
*
昼休み。
教師から、正式な依頼が入った。
「今後の演習だが――
事前の編成案を、君に一度通したい」
一瞬、間があった。
俺は、答えを考える。
引き受ければ、確実に忙しくなる。
断れば、昨日の判断が“例外”になる。
「……分かりました」
短く、答えた。
逃げる理由は、もうない。
「ただし」
付け加える。
「最終決定は、教師がしてください」
「当然だ」
教師は、はっきりと頷いた。
――責任を一人で背負う気はない。
それでいい。
*
その日の夕方。
実技科エリートが、俺の前に立った。
「……ユウ、だったな」
「何か用?」
警戒はしない。
だが、距離は保つ。
「昨日の件だ」
一瞬、言葉を探すように視線が泳ぐ。
「……礼を言う気はない」
「別に、求めてない」
「だが――」
拳が、強く握られる。
「次は、
あんたを外して、成功させてみせる」
宣言。
敵意ではある。
だが、卑怯さはない。
「そう」
俺は、それだけ答えた。
「失敗しないといいね」
挑発ではない。
事実だ。
彼は、言葉を返さず、踵を返した。
*
夜。
管理棟の記録室で、
《貢献値》のログが、静かに更新される。
「……個人名が紐づいた途端、増加幅が変わりました」
「当然だ」
白髪交じりの教師は、画面を見つめる。
「これからは、
“彼がいる前提”と“いない前提”が、
すべて比較される」
「それは――」
「ええ。
彼にとって、一番厳しい段階です」
*
学園は、今日も無事に終わった。
誰も欠けず、
誰も潰れず、
誰も過剰に背負わない形で。
その裏で、
一人の調整役が、
淡々と役割を果たしている。
それが、
この物語の結論だ。
静かに。
確実に。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本作は、この話をもって完結です。
この物語は、
目立つ者ではなく、
仕組みを支える存在を描いた物語でした。
ユウは前に立ちません。
けれど、彼がいることで物事は回ります。
それだけで十分だと、作者は考えました。
最後までお付き合いいただき、
ありがとうございました。
この物語はここで一区切りですが、物語を書く手はまだ止まっていません。
ほかの世界の話もありますので、よければ覗いてみてください。




