第1話 雑用係の席
この物語は、
最強の剣士や、規格外の魔法使いの話ではない。
英雄でも、救世主でもない。
誰にも期待されず、誰にも注目されなかった
――ただの「雑用係」の話だ。
ただ一つ違っていたのは、
この世界では「役に立った量」が
数字として記録されていたこと。
そして、その数字を――
本人だけが、見ることができなかったという点だ。
後になって知ったことだが――
あの日、俺の《貢献値》は、すでに学園の上限を突破していたらしい。
もっとも、その時の俺はそんなことを知る由もなく、
ただ自分の席番号を見つめて、少しだけ肩をすくめていた。
「……調整科、か」
広い講堂の中央に掲げられた掲示板。
そこには、今年度の科分け結果がびっしりと貼り出されている。
剣士候補が集まる《実技科》。
魔導具師や薬師を目指す《技術科》。
そして――最後に、ひっそりと書かれた《調整科》。
学園では建前として「適性に応じた配属」と説明されているが、
実際のところ、調整科は戦えない者、突出した才能を持たない者の受け皿だ。
「まあ、妥当だよな」
俺は小さく息を吐いた。
剣は人並み以下。
魔力も測定器の平均線を少し下回る程度。
筆記試験の成績だけは悪くなかったが、それで英雄になれるほど甘くない。
「雑用係、ってところか」
そう呟いた瞬間、背後から小さな笑い声が聞こえた。
「やっぱりな。お前、実技は全然だったもんな」
振り返ると、実技科に配属された同級生が、得意げに腕を組んでいた。
周囲にも、同じような視線がちらほらと向けられている。
羨望でも嫉妬でもない。
ただの確認だ。
――ああ、やっぱりあいつは“そっち側”なんだ、と。
「せいぜい書類運びでも頑張れよ」
「そうだな」
俺は軽く頷いただけで、言い返さなかった。
別に腹も立たない。
揉めるくらいなら、俺が引いた方が早い。
それだけの話だ。
講堂を出ると、調整科の集合場所は端の方に設けられていた。
人数は少なく、表情もまちまちだ。
落胆している者。
諦めたように無表情な者。
そして――どこかほっとした顔をしている者。
たぶん、俺は最後だ。
「君が今年の調整科生だね」
声をかけてきたのは、白髪交じりの教師だった。
名を告げられ、簡単な説明を受ける。
「調整科の仕事は多岐にわたる。
試験補助、記録整理、各科の連絡調整、生徒の相談対応……
目立つことはないが、学園には必要不可欠だ」
「はい」
教師は少しだけ目を細めた。
「期待されることは少ない。だが、失敗も少ない。
……気楽にやるといい」
その言葉に、俺は内心で頷いた。
目立つのは得意じゃない。
誰かが楽になるなら、それでいい。
それが、俺の本音だった。
その日の午後、さっそく仕事が回ってきた。
数日後に行われる実技試験の補助。
主な役割は、受験生の動線確認と座席配置の最終調整だ。
「去年はここで転倒事故があったんだよな……」
渡された資料を眺めながら、俺は会場を歩いた。
床の段差、通路の幅、人の流れ。
ほんの少し、気になる点がある。
「ここ、混みそうだな」
動線を一つずらし、待機位置を変更する。
座席も、利き手や装備の大きさを考慮して並べ替えた。
大したことじゃない。
ほんの気遣いだ。
「変更案、提出しておきますね」
「ああ、助かる」
担当教師は深く考えた様子もなく頷いた。
そして迎えた試験当日。
何事もなく、静かに進行した。
転倒者なし。
器具の破損なし。
混乱も、怒号も、救護要請もない。
「……妙に平和だな」
教師の一人が首を傾げていたが、理由を深く考える者はいなかった。
試験後、俺は片付けをしながら思う。
「うまくいって良かったな」
それだけだ。
誰かに褒められることもなく、
名前を呼ばれることもなく、
俺は次の仕事へ向かう。
その夜、管理棟の一室で。
一人の職員が記録用の水晶板を見つめて、動きを止めていた。
「……数値、間違ってないよな?」
そこには、異常なまでに積み上がった《貢献値》が表示されていた。
だが、名前欄は伏せられたままだ。
「……まだ、表に出す段階じゃないか」
そう呟かれた判断を、
俺は当然、知る由もなかった。
ただ翌日も、俺は雑用係の席に座り、
静かに仕事を始める。
それが、俺の役目だと思っていたから。
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