とある高三男子の決断
今から書くのは、子供の頃から勉強する環境に恵まれ、これ以上何を望むのか、という高校生のなんとも傲慢で自分本意な戯言である。
今、まだ大学すら入っていない自分には、何者にもなる可能性があると思っている。
医者になりたい。国会議員になりたい。大学教授になりたい。学校教員になりたい。塾講師になりたい。作家になりたい。YouTuberになりたい……。
なりたいものは無限にあって、でもそれを全て実現するのは不可能だ。
小学生のころ、研究者になるのが夢だった。素粒子物理学に深い関心を示し、それは高校2年生まで続いた。
しかし、高校3年生で突然、免疫研究と臨床研究に興味を持ってしまった。化学を勉強すればするほど、あらゆる物質の薬としての応用や医療における役割を知り、研究医になりたいと思うようになった。
臨床の研究医になるとすれば、医師免許は必須であるから、医学部に進学するのは必須である。しかし、自分はあらゆることを大学で学びたいと思っている。東大の1・2年で履修できる、一般相対性理論の講義は魅力的だ。結果的に、当初から東大の理学部を目指していた自分としては、全ての自分の希望を満たす志望校は、東大理三しか残らなかった。
高3になって、勉強の面白さに気づき、より熱心に勉強するようになったが、いかんせんスタートダッシュが遅すぎた。積み重ねがなかった。現役で理三なんて無理だ。
でも、勉強はなんと面白いだろうか。世の学生の中には、勉強を嫌々やっている人もいるだろう。その中で、勉強の楽しさ、知識を身につけること、何かができるようになる喜びに気づけたのは幸せだと思う。
努力すれば意外と何でもできる、という考えによっては、今年は無理でも来年以降ならチャンスはあると思われる。
しかし、私の母親は全くこれを良しとしなかった。志望を変えることに怒り、あなたは馬鹿なんだから何浪したって無理だと言われた。しかし、別に浪人はしても良いというのだ。そして毎日、夜11時過ぎに自習室から帰ると同じことを繰り返し言った。母は必死なようだった。
私は、受験期、いわゆる不安な時期に、努力したい、努力して高いレベルの大学を目指したいという息子の目標を否定する母親の心理が分からずに困惑した。どれだけ勉強しても、私は馬鹿のままらしい。
結局、親というのは自分のスポンサーであって、親の後ろ盾無しでは大学に入ることはできないし、そもそも勉強することすらままならない。苦しい。私がどこの大学に行っても、親にとって変わるのは学費だけだとか、そういう問題でなく、親の賛同を得なければどうしようもない。母親を説得するか、母親の意向に沿うように自分を曲げるかのどちらかしかないわけである。
そこで、なぜ母親がこんなことを言うのか考えた。母親が昔努力したけれど、東大に入れなかったコンプレックスがあるとか、私より賢いと思われた姉が、理二に進んだとか、そういう理由もあるかもしれない。しかし、それは深層心理としてあったとしても、決定的な理由ではないと思う。
結果として、考えられる理由は3つに絞られた。一つは、私のことを本当に馬鹿だと思っている、ということだ。何浪しても無理、というのだから、母の発言を言葉通り受け取るならば、これが一番だろう。
また、実は浪人してほしくないというのもありそうだ。浪人して勉強するのは辛いから、そして浪人して結局別の学部に行くなら、現役で他の学部にしろよということだ。
そしてもう一つが、私の医師免許を取りたいというのがただの思いつきだと考えているということだ。そんな一瞬の考えで人生を棒に振ってほしくない、という主張をされる。1年浪人して棒に振るってなんだという話ではあるが。
それでは一つずつ解決していこう。
まず、私が本当に馬鹿というのは誠に残念ながら事実である。先にも述べたが、現在の成績では他の理三志望者に足元にも及ばない。それはいい。ただ、努力しても無理だというのは全く思わない。しかしこれは未来のことであるから水掛け論しか展開できない。議論しても無駄であるから、成績を伸ばして示すしかない。(いい成績を取ったとて間違えたところばかり見て、否定してくるのは目に見えているのだが)
次に、実は心の中では浪人してほしくないという話。ならそう言え。以上。
そして、医師免許を取りたいのが思いつきだという主張であるが、これは親からしてみれば当然のように思える。というのも、6年間素粒子物理学をやりたいと言い続けた息子が高3になって突然医学部を目指すと言い始めたからである。
実は、親には言えない理由もある。高3になって、兄の先天性の腎臓病が再発した。明確な治療法がなく、人工透析になるリスクもある。一時期症状が収まっていたのだが、就職して、環境の変化だろうか、10年以上鳴りを潜めていた病気が突然症状として現れたのである。兄は当時入退院を繰り返していたが、幼かった私は、その原因も知らされず、また小学校の頃の記憶などほとんどなかったので、非常に驚いた。
さらに驚いたのは、病気の当事者、親であるのに、彼らがその病気についてあまりに無知であるということだ。医者の判断なくして何もできない、してはいけないとは言うが、その仕組みや原因について学ぶことはできるはずである。
中学以降、親族に1人も医者がいないのは残念だと言っていた私として、自分がなるしかないという思いにもなった。
こう書いてみると、兄を思う美談のように思えるが、まあ後付けの理由だろう。そもそも、もしこれを伝えれば、兄のために自分の進路を変える必要はない、と母は言うだろう。こうして「思いつきでしょ」という考えを助ける羽目になるので絶対に言えない。
話が逸れたが、結局は、自分が本当に医学の研究をしたいということを伝えるしかないだろう。
母はおそらく現実主義者なんだろう。努力をすることは素晴らしいけれど、それが結果に結びつかなければ全く意味がない。大学受験で、落ちれば残るものはない。そういう態度である。
確かに、なぜいわゆる「一流」と呼ばれる大学に入りたいかといえば、豊富な研究資金や優れた教授と学生による、高いクオリティの授業を受けたいからであって、落ちればその目標は達成されないことになる。しかし究極的に言えば受験には運も絡むもので、落ちれば無だと受験生に突きつけるのは、見守る側としてはあり得ない行為のように思う。
最近、受験で心を壊す友人が複数出てきてしまっているのも気がかりである。(母親からしてみれば、「現代人は弱い」らしいが、同世代からしてみれば驚くほど古い考え方である。ジェネレーションギャップというか、まさに時代にアジャストできていない様子が垣間見える。)
彼らは体が辛すぎて学校に来れなくなったり、精神安定剤なしでは眠れなくなったり、なんとも酷い状況である。受験戦争の弊害と言えばそれまでだが、そんな単純な言葉では言い表せないほど、当事者にしてみれば苦しい環境だと思う。
私は、この勉強できる環境に生まれたことに口先だけでなく心から感謝しているし、親にも常日頃伝えるようにしている。しかしやはり、母親には、自分の子供は自分の思い通りにできるし、しなくてはならない、間違った選択をさせてはいけないという心があるように思える。
親に決められたレールに沿って生きるのは楽だろうか。自分で考えなくていいと言えば楽かもしれないだろうが、自分で決めた物事でなくては納得感は得られない。それはなぜ非効率極まりない民主主義がまだ残っているのかに表れている⋯とかなんとか書くと、無限に引き伸ばされてしまうので、思想について語るのはよそう。
この文章を書くのは、完全に受験においては寄り道かもしれない。しかし、もう家に帰りたくないとすら思う自分の気持ちを整理して、残りの数カ月(あれいは浪人するなら+1、2年)を乗り切るためには必要だったと思う。
他の医学部を卒業してから、院だけ他の大学に入ったり、大学に入り直したり、まだ無限にルートはある。ただ、自分が無理だと決めつけて諦めるということは絶対にしたくない。生きていく上で、周りから否定されても、可能な限り背伸びして生きていきたいのだ。
そして、これはただ自分のために書いているのではないというのもまた事実である。心を壊してしまった友人をなんとか助けたいという思いがある。友人の一人は、まさに今日、授業中に意識を失い車いすで運ばれていった。その後ろ姿は正直、直視できないほど疲弊していた。古くからの友人であるから、力になりたいと思うが、おせっかいだろうか。置かれた環境が違う故に、彼の心に真に寄り添えていないかもしれないと不安ではあるけれど、何とか自分にできることをしてあげたい。
外から見ると、彼は過度にプレッシャーを背負いすぎている気がする。何かができない自分を責めすぎているところがあるかもしれない。私がこんなことを言うのも何だが、受験がすべてではないから、自分の体を大切にしてほしい。それでも上を上をと努力する彼に、なんと言葉をかければいいだろうか。私には全く分からない。
最後になるが、「人生は楽しんだ者勝ちだ」というモットーをもって生活している身としては、(日常生活でネガティブなことばかり考えており、実践しているとは程遠いが)結局思い詰めすぎるのは良くないと思う。どんな自分でも愛してあげたいし、どんな人でも愛したい。他人のことを真に理解することなど不可能だ、と言いながら、博愛主義的で理想論的なことを唱える自分は、相当チグハグで、傍から見れば思いつきで行動しているとしか思えないだろう。ただ、やっぱり人生は楽しんだ者勝ちなのだから、これくらい気楽に生きたいものである。




