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プロローグ



 朝の空はまだ薄く、夏の気配を纏った風が校門前の桜の葉を静かに揺らしていた。


 鷹取昴たかとりすばるは、制服のネクタイを緩めながら、登校坂を一歩ずつ登っていた。中学二年生になってからというもの、通学路に変化はない。けれど、この道を歩くたび、彼の中でふと胸の奥がひんやりとする感覚が残る。


それは風のせいか、それとも旧校舎の影のせいか。


「……今日、ちょっと早くない?」


ふと、隣に並んできたのは田中眞人たなかまひとだった。小柄で、よく動く口と妙に明るい目が特徴の、クラスでもムードメーカーと呼ばれる少年だ。


「うん。まあ、なんとなく。」


昴は淡々と返す。嘘ではない。理由は本当に“なんとなく”だった。ただ、家に居たくなかった、それだけだ。


「なんとなく早起きってやつね〜。俺なんかアラーム3回かけてもギリギリだぜ? やっぱ真面目な奴は違うな〜。ん?」


田中の声が急に止まり、視線が旧校舎の方へと吸い寄せられる。


「おい、鷹取。あれ見た?」


昴も視線を移す。


旧校舎──木造で建てられたその建物は、今は使われておらず、窓も扉も朽ちた板で打ち付けられている。だが、三階の左端の窓。ガラスの奥で、何かが動いたように見えた。


「……いや、何も見てないよ。」


即答だった。

昴の視線は曖昧なまま、ふたたび坂道へと向けられる。

胸の中に、渦巻く思いを理解しながら坂道を登り、校舎の中へ進んでいった。


---




 午前中の授業は、まるで湿った空気の中に閉じ込められたようだった。国語教師の声は単調で、古文の文法の解説が教室の壁に吸い込まれていく。


 鷹取昴は、窓際の自席に座りながら、ただ淡々とノートに文字を写していた。

隣の田中はすでに数度、舟を漕いでおり、後ろから軽く山根花やまねはなに小突かれては目を覚ますというサイクルを繰り返している。


教室の中は、どこにでもある普通の風景。

だが、それはまるで舞台装置のように彼には感じられた。


(何も起きてない。ただの授業……)


そう思うほどに、胸の奥がざわつく。


──三階の窓にいた“黒い影”は、気のせいだったのか?


昼休み。


給食を食べ終えた生徒たちは思い思いに机を寄せ合い、話に花を咲かせていた。

そんな中、教室の前方でひときわ大きな声が響いた。


「マジで! 見たんだよこの学校の7つの怪談!」


声の主は、桐生拓真きりゅうたくま


身長は高めで、筋肉質な体型。汗をかきやすい体質なのか、常にハンカチを首元に巻いている。明るく真っ直ぐな性格で、部活ではサッカー部のエース。だが、それ以上に有名なのは“怪談マニア”としての一面だ。


「しかも! その中のひとつ、『走り回る大男』、この前俺がちょこっと夜に校舎の近く通った時さ……!」


「ちょっと待って拓真も!?ホントにいたんだ!わたしでもまだ撮れてないのに…… それ、音とか聞こえた?」


乗ってきたのは山根花。


身長は130センチほどと小柄ながら、胸の発達が目立ち、男子の視線を避けるためいつもカーディガンを羽織っている。

長い黒髪をまとめ、お気に入りの一眼レフをいつも持ち歩いている。

カメラ女子、そして心霊写真オタクでもある。


「聞こえたどころじゃない! ズン! ズン! って床が震えるくらいの足音があの旧校舎から聞こえてきたんだよ!」


桐生の身振り手振りを交えた熱弁に、周囲の生徒たちが少しずつ耳を傾け始めていた。


遥が動いたのは、その空気を察してからだった。


彼女──三島遥香みしまはるかは、端正な顔立ちにクールな瞳。長い黒髪をポニーテールにし、右目の下にあるほくろが印象的だ。

背筋を伸ばして立ち上がり、桐生の方へと歩いていく。


「……その話、もう少し詳しく聞かせてもらえる?」


その声に、桐生と山根は少しだけ背筋を伸ばした。


「お、おお。遥も興味あるんだ?」


 

「うん、まあ。ちょっとだけね。」


遥の言葉はあくまで淡々としているが、その視線の奥には真剣さが宿っていた。


「意外っちゃ、意外だな。怪談好きは俺らと田中くらいかとおもってたよ。なぁ!田中!」


「……田中、あんたも聞いてたんでしょ?」


 桐生と山根のじんわりした視線に気づき田中は聞き耳を立てながら食べてた弁当箱を机に置いた。


「ん? ああ! 怪談とかマジでは信じてないけど、聞くのは好きなんだよな〜!あと実際いたりして?」


田中は、相変わらず調子のいい笑顔でひょいと机の上に飛び乗りそうな勢いで立ち上がる。


「せっかくならさ、今度の金曜の夜! みんなで校舎に忍び込もうぜ! 本当に7つの怪談があるのか、全部調べてやるってのは!」


「は?」


誰よりも最初に反応したのは鷹取だった。


「いや、ごめん。俺は別に……」


「おいおいおい、そんな反応しといてさ、別にって、鷹取のそういうとこ! お前さあ、いつもつまんねーって思ってんだろ? たまには一緒に冒険しようぜ?」


田中の声に、周囲の数人が笑いながら同調する。


「決まりだな、鷹取もメンバー入り!」

 「まぁ、多いほうが盛り上がるしね」

「俺は抜けないからな〜お前も来いよ〜」


「……はあ」


鷹取はため息をついた。否定しなかったが、表情にはうっすらとした陰が浮かんでいる。


それに気づいた者はいない。


ただ、昴の心の奥で、何かが微かに蠢いていた。


 「まぁ、でも旧校舎に忍び込むのはなかなか難しいから放課後もう一度話し合おうぜ」


桐生の一言で放課後での話し合いが決定し、このまま桐生と山根の怪談話で盛り上がった。


 うるさい昼食にもう一度ため息をつくのだった。


 


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