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書き殴りのサイン
食事のあとは軽く閑談を交えた。私も楽しそうに加わっていたが、その目は腕時計と向き合っていた。私が立ち上がろうとしたとき、君は不意にバーテンダーに会計を頼むと云い始めた。君はカバンから財布を取り出し、支払いの構えで請求額をジッと待った。バーテンダーの提示した額は五万二千円だった。君はその笑顔を失い、顔を歪めているようにも見えた。君にしてみれば、驚くような金額だったのか。彼にはその動揺が伝わっていた。
「彼女に―、経理の彼女に頼めば、経費で上手く落としてくれる」
君は、それは出来ないと云った。社長にまたそしりを受け嫌味を返されること。それも承知しなければならない。彼がまだ続けて云った。
「彼女に頼めば問題ない、彼女とは気の置けない関係だ」
私も続けて云った。
「私の方が上席だから、ここは任せて下さい」
それでも君はそれこそが不正だと云い張り、クレジットカードのサインを書き殴っていた。
私の思いは―、正義を纏うその姿に、美しくもあり感動を覚えたが、それも―、今もまだ同情としよう。