パスタスプーン
君の話しはもっとエスカレートして、ついには愚痴と云うよりも、まったくのそしりとしか云いようがない。そのそしり黙って聞いておくべき―、それとも頭の中にメモっておいて、その後の会議で私案にするべになのか…、今は解らない。
頭の中にメモ… メモ、メモリー、CPU、DX化、AI 私の頭の中は混乱し冷静ではいられなくなった。
「少し酔ってないかい」
彼が気遣いの声を掛けてくれた。私はお酒に強くない。それに稀にしか飲まない。シャンパン一杯で、頭が混乱する程に酔ってしまっても、おかしくはない。
私はバーテンダーにチェイサーを頼み、グラス半分を飲み干し、頭の熱くなった回路を冷やそうと懸命になっていた。君もチェイサーを飲む。それで酔に任せて語ってしまった言葉を水に流そうと、いつになく躍起になっていた。彼はフルーツのオードブルを口にして、次はどこに行こうと云った。
私はどこにもと応じた。彼はここにはパスタもある、パスタを食べて帰らないかと訊いた。君も然り。
パスタはカルボナーラ、ペペロンチーノ、ボンゴレの三種類あったが、三人とも違う種類のパスタを選ぶことになった。私はカルボナーラ。彼はペペロンチーノ。君は仕方なくボンゴレのパスタを選択するしかなかった。
そこに不満があるはずだ。君はそれでも顔に出すような男ではない。パスタの味は格別だった。味付けが酔っ払いに合う工夫がなされ、まったくBARのパスタと思うことも不自然だった。彼はまだ飲み足りないようで、パスタに合うと云い、ロゼのワインをグラスで頼んだ。私はパスタスプーンを上手く使って食べていたが、君はフォークを巧みに使い得意になって食べていた。君は云った。
「パスタスプーンはフォークで上手く食べられない子供のための食べ方で、その食べ方は幼稚だって、どこかの誰かが云っていた」
私には衝撃だった。これはイタリアのテーブルマナーだと思っていた。違うのか。そうなのか。この場所でその結論を出す必要性など、ここでは微塵も感じはしない。私は冷静さを取り戻し、パスタスプーンを使い続けた。