君の言い訳
今日もまた陽が昇ってきた。箪笥にしまい込んだ手袋をはめ込めみ、いつもと変わらずバス停に向かう列に並んだ。雪はもう止んでしまったが、道路も歩道も、バス停のベンチも雪に覆われていた。民家の屋根から雪が落ちる音が響く。冷たい雪を足元に感じて悴むんではいたが、三十分ほどは立ち尽くした。
雪による大渋滞で遅れているバスを待つ。バスは大幅に時刻を過ぎているが、どんなに待っていても来る気配がない。もう時計の針は十時に近づいていた。社員の殆どが遅刻する―、それは明らかだと勝手に高を括っていた。うわの空で遅刻と諦めてしまうが、目の前に気付けばバスが止まり、乗車口のドアも開いたままになっていた。人々の列に従いバスに乗り込む。バスの中はとても過密だった。
君はその人々の中に流れ込んで行くしか手立てがない。バスは暖房と人の熱気で、真冬のような外とはまったく違い暖い。女性群の内に気付けば押し込められ、痴漢だとまるで云わないばかりの表情で、きつく睨み返された。君はカバンを小脇に抱えて吊り革に両手でしがみつき、女性群に対抗するしか手立てがない。これ将に憐れとも云える。
これを何とかやり過ごし会社の近くまでバスが来たころ、昨夜からの雪は嘘のように完全に溶けてなくなっていた。これでは遅刻の言い訳を考えなければ咎められる―、とオフィスビルのエレベーターのボタンを押したとき、君の無意識が働きかけた。オフィスのドアを開けたとき、社員の殆どがやはり出社していると解った。社長がそこを偶然だが通りかかり、君だけが遅刻していると感じてしまった。
「君、遅刻だろ、それだと一時間以上も遅刻したことになる。だけどだ、言い訳は結構。早く仕事に取りかかれ」
君はまったくの平謝りを余儀なくされるされた。デスクに着き同僚に訊く。朝早く五時には通勤を始めたとか。
君は頭を抱えてしまった。社長にきついお叱りを受ければ尚更だとも。私はそれを見て可哀想―、の気持ちになってしまった。
「私も十五分は遅刻してしまったけど、社長は怒ってなかったです。そんなに落ち込まなくても平気だとは思います」
私がかけた言葉は君に対しての気休めだとしても―、それは…、今はまだ同情としよう。