第5話 真実と余韻
やけにまぶしい光だった。
瞼の裏に、真っ白な光が滲んでいる。こんなにも朝日は眩しかったのだろうか。
目を開けようとしたが、やけに頭が重く、意識が霞んだままだった。
「おい!……人がいるぞ-----!」
遠くから微かに声が聞こえた。男の声。幾人もの足音。
カサカサと枯葉を踏む音が耳元に近づいてくる。
俺はゆっくり目を開けた。
まず最初に、京子がいた。
細い体は俺の腕の中にあった。頭を俺の胸に預けるように眠っている。
髪は少しばかり湿っていて、胸いっぱいに吸い込むと、かすかに土の匂いがした。
「京子……」
安堵が胸を満たした。昨夜あれだけ泣き笑いし、抱き合って眠ったのだ。京子がいる。ただそれだけで全てはどうでもよかった。
「おい、こっちだ!」
誰かが叫んだ。声が近くなってくる…
そして…視界がぐらりと揺れる。
気がつくと、自分たちが寝ている場所は小屋じゃなかった。
朽ちた板壁も、ひび割れた窓もない。
――そこは、土と苔に覆われた暗い洞窟の中だった。
入り口から差し込む朝の光が、洞窟の壁に染みついた緑色の湿り気を鈍く照らしていた。
「……何処だ…、ここ……」
声が震えた。
昨夜、京子と語り合った小屋のランプも、テーブルも、ベッドも、そこにはなかった。
ただの、岩と泥と、冷たい苔に囲まれた狭い空間だった。
「聞こえますか!?」 突然、何人もの男たちが駆け寄ってきた。山岳警備隊だった。
俺は訳が分からないまま、京子を抱きしめて後退った。
「やめろ……京子は……!ちょっ…ほっといてくれ……!」
抵抗する俺に、隊員たちは慌ただしく声を掛け合い、無線で何かを連絡している。
やがて、懐中電灯の光が俺と京子を照らした。
その光の中で、京子は――
白骨だった。
白い頭蓋骨が俺の胸に寄り添っていた。
頬なんてない。ただ空洞がこちらを向いて、口の骨がわずかに開いていた。
頚骨、鎖骨、細い肋骨が、俺の腕の中で頼りなく組み合わさっていた。
指先に、見覚えのあるものが光った。
――婚約指輪だ。
あの日、俺が京子の薬指に嵌めた銀のリングが、白骨の指にしっかりと食い込んでいた。
「死後……半年は経ってるな……」
誰かの呟きが、洞窟の中にやけに大きく響いた。
俺は何が起きているのか分からなかった。
昨日まで話して、笑って、抱き合って眠った。あの温もりは何だったんだ。
「公平さん……聞こえますか?」
警備隊の隊長がゆっくりと近づき、俺の肩に手を置いた。
その手が妙に遠く感じられた。
「京子……助けがきたよ…。良かった……なあ……?」
俺は骸骨の頬に触れた。
冷たかった。まるで冬の石のように、命の気配など微塵もなかった。
「なあ、京子……昨日、結婚の話しただろ……?」
力なく笑いかける。骸骨は何も言わなかった。
京子の髪だと思っていたものは、乾いた苔と細い木の根が絡み合ったものだった。
甘い匂いなんてしなかった。土と腐葉の匂いだけがした。
やがて誰かに肩を抱かれ、洞窟の外へ連れ出される。
朝日が眩しくて、涙が溢れた。
俺はただ、何度も振り返った。
洞窟の奥で、京子がまだ俺に微笑んでいる気がしてならなかった。
京子は死んでいた。
――そんなのは薄々では分かってる…。分かってるんだ。
でも、昨夜あの腕の中にいたのは確かに京子だった。
話して、笑って、泣いて、俺を抱きしめてくれた京子だったんだ。
「京子……待っててな……」
誰にともなく呟いた声が、森の中に吸い込まれていった。
その時、どこからか微かに、あの懐かしい声が聞こえた気がした。
――うん、待ってるよ。
俺は、ずっとその返事を信じている。