第9話
森を抜け、街道沿いの小さな集落にたどり着いた俺たちは、ひと晩の宿をとった。
瓦屋根の宿屋の二階。木のぬくもりを感じる素朴な部屋で、俺は硬めのベッドに寝転がっていた。
天井の梁をぼんやりと眺めながら、何も考えないようにしても、浮かんでくるのはあの言葉だった。
──癒しって、なんなんだろうな。
黒い光。
教会はそれを“呪い”と呼んだ。
けれど、俺にはわからなかった。
あのとき、確かにミレイの顔に笑顔が戻った。
痛みが消えて、やっと眠れたように穏やかな呼吸をしていた。
それが呪いなんかであるはずがない。
「……なぁ、フィーネ」
同じ部屋の反対側。窓辺で地図を見ていた彼女が、ちらりとこちらを見た。
「聞いたことあるか? 俺みたいな癒しの力を持った奴のこと」
「……あんた自身以外では、一人だけ」
彼女は地図を折り、椅子に腰かけた。
「昔ね。ある村で重い病が流行ったとき、誰かがふっと現れて、黒い光で人々を癒した……って話。
でも、その人はすぐに姿を消して、教会は“異端者が偽りの力で人々を惑わした”って発表したの」
「それ……」
「もしかしたら、同じ力かもしれないと思ってた。だから、最初は警戒してた」
フィーネの目は真剣だった。
「でも、ミレイを見て、確信した。
あんたの力は、本物だ」
心の奥に、小さく光が差した気がした。
「……場所は?」
「この先の商業都市。セラン王国の交易地、グラニード。
旅人や情報屋が集まる場所だし、あの事件の話がまだ残ってるかもしれない」
グラニード──初めて聞く名前だったが、今の俺にとって、その一歩が必要だった。
「行こう」
俺は立ち上がり、拳を握った。
癒しが“呪い”なのか“奇跡”なのか。
本当の答えを、見つけに行くために。
そして──あの問いに、自分なりの言葉で答えるために。
癒しって、なんなんだろう。
誰かの痛みを消すこと? 病を治すこと? 心を撫でること?
それとも、ただ隣にいて、泣き顔を見守ること?
俺がそれを知るための旅は、まだ始まったばかりだった。