第5話
数日の旅路の末、俺たちは山間の森に囲まれた小さな村へとたどり着いた。
木造の柵に囲まれたその場所は、まるで別世界のように静かで、どこか懐かしい空気を纏っていた。
「……ここが、あたしの村」
フィーネの声は硬かった。
帰郷というより、覚悟を決めたような、そんな響き。
門をくぐった瞬間、無数の視線が突き刺さった。
村人たちは農作業の手を止め、異邦人の俺を凝視している。
耳と尻尾を持つ彼ら──獣人たちは、どこか怯えたような、それでいて攻撃的な目をしていた。
「フィーネ!? 本当にお前か……!」
「無事だったのか……よかった……」
懐かしい顔ぶれが駆け寄ってくる。
だが、彼らの視線が俺に向けられた瞬間、空気が一変した。
「そいつ……誰だ」
誰かが低く呟き、その場に緊張が走る。
「……神崎瑛人。あたしの“監視対象”」
フィーネは短くそう答えた。
だが、それだけで十分だった。
「まさか、あの“厄災の王”の噂……」
「教会が言ってた、“黒き癒し”……異端……」
言葉が、まるで毒のように広がっていく。
俺は無言のまま、その視線を受け止めた。
「フィーネ、そんな危険な奴を連れてくるなんて……!」
「落ち着いて」
フィーネが一歩前に出た。
「この人は、あたしが責任を持って見てる。怪しいことはさせてない」
「それでも……!」
そのとき、小さな声が聞こえた。
「……ミレイの具合が、また……」
フィーネの顔色が変わる。
「案内して」
俺たちは急ぎ、村の奥へと向かった。
そこにいたのは、病床に横たわる少女──フィーネの妹、ミレイだった。
青白い顔、細い腕、苦しげな呼吸。
「また……教会の薬も、効かなくなってきたの……」
誰かがそう呟いた。
フィーネは俺を見た。
何も言わず、ただ見つめてきた。
「……やってみる」
俺は静かに言い、ミレイの手を取った。
黒い光が、掌から静かにあふれ出す。
暖かさとも違う、けれど確かに、何かが癒えていく感覚があった。
しばらくして、ミレイが目を開いた。
「……あったかい……」
それだけの言葉で、村に再び沈黙が降りた。
「まさか……治ったのか?」
「でも、あの黒い光……教会は“呪術”って……」
疑念と希望のあいだで、人々の心が揺れていた。
そのとき、フィーネが静かに言った。
「この人は、ミレイを助けただけ。呪いなんかじゃない」
その声に、ほんの少しだけ、空気が和らいだ気がした。
けれどその夜。
村の広場に人が集まった。
俺の“癒し”を恐れる者たちが、ざわついていた。
「明日には出て行ってもらおう」「村に“異端”はいらない」
耳に痛い言葉。
俺はまた、受け入れられなかった。
それでも、ひとつだけ、救いがあった。
寝る間際、そっと俺に抱きついたミレイが、囁いたのだ。
「ありがとう、おにいちゃん。私、こわくなかったよ」
その言葉が、胸の奥に灯をともした。
優しさは、届いていた。
たったひとりでも、それでいいと思えた夜だった。