第36話
戦いの終わった神殿前広場には、穏やかな光が差し込み始めていた。
崩れた石畳、落ちた武器、そして静まり返った空気。
だがその中に、確かな安堵と希望の気配が満ちていた。
瑛人は広場の中央に立ち尽くし、ゆっくりと空を仰いだ。
その手には、もう剣も魔法もなく、ただ漆黒の癒しの光だけが、静かに揺れていた。
「……ありがとう」
背後から聞こえた声に振り返ると、真柴が立っていた。
肩にフィーネの外套を借り、傷を負った身体を支えるようにしていた。
「俺……ようやく気づけた気がする」
「何に?」
瑛人の問いに、真柴は少し照れたように笑った。
「優しさってのは、勝ち負けじゃないんだって。
誰かの痛みを知って、寄り添って、ただ一緒にいてくれる……それだけで救われる奴がいるんだってことに」
瑛人は言葉を返さなかった。
ただその目に映る真柴が、かつての“親友”だった頃と重なり、少しだけ微笑んだ。
その時、広場の奥から、鎧をまとった一人の青年がゆっくりと進み出た。
彼の顔を見て、フィーネと葵が同時に目を見開く。
青年は群衆の前に立ち、まっすぐに瑛人を見つめた。
「神崎瑛人殿。……一緒に戦ってくださり、ありがとうございました」
彼は深く頭を下げ、続ける。
「あなたの力と想いがあったからこそ、我々はこの日、教会に勝利することができました。
今日を境に、この国を教会の支配から解き放つことができます」
そして、ゆっくりと名乗った。
「私は、セラン王国第三王子──リデル・アルセリウス。今ここに、感謝と敬意を込めて申し上げます」
どよめく群衆。
だが、瑛人は驚いた様子を見せず、静かに頷いた。
その言葉に、リデルは苦笑し、そして真剣な眼差しで続けた。
「この国を、教会の支配から取り戻すために、私はあなたと共に戦いました。
今日のこの場が、その第一歩だったと証明されたのです。」
瑛人は少しだけ迷い、視線を横にやった。
そこには、泥まみれになりながらも笑って立つ葵。
手を差し伸べてくれるフィーネ。
そして、ようやく笑顔を取り戻した真柴の姿。
「俺が持ってるのは、戦う力じゃない。
でも、もし……俺の癒しで、誰かが前を向けるなら……」
言葉を止め、瑛人は深く息を吐いた。
「俺にできることがあるなら、一緒に戦わせてください」
リデルが微笑み、深く頷いた。
「ありがとうございます、瑛人殿。あなたの優しさが、これからの時代を変える希望になると信じています」
光が、広場を包んだ。
それはもう、恐れられる黒ではなく、人々の心に届く優しさの色だった。




