第30話
瑛人は焚き火の前で一人、夜明けの空を見上げていた。
木々の合間から差し込む淡い光が、彼の頬を静かに照らしている。
森の静寂は、まるで彼の心の内を映すかのようだった。
焚き火の残り火がぱちりと弾ける音だけが、時間の流れを知らせていた。
──僕と一緒に戦ってくれませんか?
リデル王子の真っ直ぐな瞳と、静かな言葉が何度も脳裏に蘇る。
その言葉の裏には、計算も見栄もなかった。
ただ、目の前の現実を変えたいという、ひとりの人間としての決意。
瑛人は拳を握りしめた。
教会に追われ、恐れられ、拒絶され、裏切られてきた。
人を癒すはずの力が“呪い”と呼ばれ、助けたはずの人々に石を投げられた。
その度に、心は擦り切れていった。
でも──
思い出す。
幼い男の子が、擦りむいた膝を俺に見せて、「痛くないの」と笑った顔。
「ありがとう」とだけ言って去った老婆の温かい手。
あの街で、震える手を差し出してくれた、小さな少女の瞳。
「……それでも、俺は──癒したいんだ」
その気持ちは、ずっと変わらなかった。
誰に否定されようと、嘲笑されようと、心の奥底でただひとつ、願っていた。
“誰かの痛みを、自分の手で和らげたい”
小屋の扉が軋む音を立てて開いた。
葵が眠たげな目を擦りながら、そっと扉を開けて出てきた。
彼女の髪は乱れていたが、その笑顔は夜明けの光よりも優しかった。
瑛人は彼女に気づき、自然と微笑む。
「おはよう、葵。……よく眠れた?」
「うん。少しだけだけど、夢を見た気がする。……あたたかい夢」
葵が瑛人の隣に座る。
その距離が、これまでの迷いや痛みを少しずつ埋めていくようだった。
やがて、小屋の中からフィーネも姿を見せた。
少しだけ不機嫌そうな顔をして、焚き火の前に腰を下ろす。
「……なに一人でカッコつけてんのよ。バカ」
その言葉に、瑛人はふっと笑った。
「ありがとう、フィーネ」
フィーネは視線をそらしたまま、頬をほんの少し赤く染めた。
「別にっ」
瑛人はその横顔を見つめ、心の中で何かがほどけていくのを感じた。
やがて、葵も目を覚まし、二人に気づいて外に出てきた。
彼女は優しく微笑み、焚き火に小枝をくべた。
「おはよう、えいとくん。……今日は、いい日になりそうだね」
その言葉に、瑛人はゆっくりと立ち上がった。
空には、雲ひとつない青が広がっていた。
「行こう。今度は──守るために」




