第28話
処刑は突如として中断された。
だが、それは無罪の証明ではなかった。
王の名を騙った騎士の登場により、その場の流血は避けられたものの、瑛人は異端者として再拘束され、地下の審問所へと移送されたのだった。
教会の衛兵たちは表向きには沈黙を守っていたが、怒りと恐れをその瞳に宿していた。
街は静まり返り、人々の声は再び抑え込まれ、信じる心はまたも揺らぎの中にあった。
その夜、月が雲間から顔をのぞかせた頃──
審問所の裏手に、二つの影が忍び寄っていた。
フィーネと葵。
ふたりは深いフードを被り、兵士の見張りを避けながら、石畳の裏道を這うように進んでいた。
「ここだ……この扉の先に、えいとがいる」
フィーネが低く囁く。
鍵穴に、ミレイから託された古びた鍵を差し込む。
わずかに軋む音とともに、扉が開いた。
そこは、冷気の染み込んだ石の牢だった。
松明の灯りはぼんやりと赤く、その奥に──
「えいと……!」
葵が声を漏らす。
瑛人は両手を鎖に繋がれたまま、無言で床に座っていた。
その目には疲労と痛みが宿っていたが、ふたりを見た瞬間、わずかに光が差した。
「……ふたりとも、どうして……」
「決まってるでしょ、助けに来たの」
フィーネは手早く懐から細工用の短剣を取り出し、鎖の繋ぎ目を切断し始めた。
金属が削れる音に、三人の呼吸が重なる。
「でも、警備は……」
「心配ない。見張りは今、交代の時間。ミレイの情報通りなら、今が唯一の隙」
フィーネが短く答える。
鎖が切れた。
瑛人は立ち上がろうとしたが、体が思うように動かず、葵が支えた。
「まだ無理しないで。早く……ここから離れないと」
三人は小声で確認を取り合い、審問所の地下通路を抜けて、裏門へと向かう。
途中、何度か足音に息を潜め、巡回兵をやり過ごす。
やがてたどり着いたのは、石壁の割れ目に隠された秘密の抜け道。
フィーネの耳が微かな風の流れを捉え、彼女は迷わず中に踏み込んだ。
通路は狭く、湿気と苔の匂いに満ちていたが、先に進むほど空気が新鮮になっていく。
そして──森の縁。
夜明け前の薄明りが、木々の葉を柔らかく照らしていた。
「……逃げ切った……のか?」
瑛人が呟いた。
葵は笑顔を見せたが、その目には涙が浮かんでいた。
「よかった……無事で、本当に……」
フィーネは何も言わず、そっと瑛人の手を取った。
そのすぐ隣で、葵もまた彼のもう片方の手を握った。
二人の小さな手が、瑛人の両手を包むように重なった。
その手は、震えていた。
けれど──確かに温かかった。
「……もう、一人になんかさせない」
その言葉に、胸が締めつけられるようだった。
夜が明け始めた森に、静かな希望の光が差し込み始めていた。
だがその光は、また新たな戦いの影をも映し出していた。




