第27話
第27話 声を上げる者たち
処刑場──それは石造りの円形広場で、中央に高くそびえる処刑台が設置されていた。
空は晴れ渡り、白昼の陽光がすべてをあらわにする。
教会の兵たちが整然と周囲を囲み、信徒たちが遠巻きに見つめていた。
その視線には、畏れ、戸惑い、そしてわずかな哀れみが混じっていた。
俺は処刑台の上で膝をつき、両手を背後で縛られていた。
台の板には、乾ききらない赤黒い染みがいくつも広がっている。
かすかに、血の匂いがした。
聖職者が高台に現れ、黄金の法衣をまとったその姿に人々が頭を垂れる。
「これより、黒き癒しを操る異端者──神崎瑛人の処刑を執り行う」
その言葉に、広場は凍りついたような沈黙に包まれた。
「この者、禁じられた呪術を行使し、神の意思に背き、民の心を惑わせた。これは、神聖なる教会に対する反逆である」
俺は、ただ前を見ていた。
心臓の鼓動が、耳の奥で鈍く響いていた。
誰も、来ない。
助けに来るはずなんてない。
誰かを癒したことで、命を落とす──そんな理不尽が、今まさに目の前にある。
俺の存在が、間違っていたのか?
癒しが、呪いだったというのか?
胸の奥が、じくじくと痛んだ。
フィーネのことも、葵のことも、旅の途中で出会った人たちも──すべてが幻だったんじゃないかとさえ思えた。
孤独と恐怖が、喉元を締めつけるように迫ってくる。
ここで、終わるのか。
視界の端で、葵が兵士に押しとどめられながら必死に何か叫んでいるのが見えた。
フィーネも、足を引きずりながら人混みをかき分けていた。
そのとき──
「待ってください!!」
鋭く透き通る声が、空気を切り裂いた。
フィーネだった。
彼女は倒れかけた体を何度も支えながら、兵士の制止を振り切って処刑台の前に立つ。
──その瞬間、フィーネの脳裏に過ぎった記憶があった。
妹、ミレイが泣いていた。
獣人領の外れ、小さな家の裏手。
真柴が、冷たい目でミレイに剣を向けていた。
「俺の言う通りにしないと、この子がどうなっても知らないよ」
その言葉に、フィーネは歯を食いしばった。
逃げ場はなかった。
──妹を守るために、あの日、私は彼らに従った。
ミレイは何とか逃げ出し、命は無事だった。
だが、私はそのまま捕まって、あの“事故”の現場に連れていかれたのだ。
瓦礫と火薬の匂い。
仕組まれた爆発。
──全部、瑛人を罪に仕立て上げるためだった。
私をおとりにして、彼を悪に見せかけるために。
今、ここで黙っていたら、私もまた“加害者”になる。
そう──だから私は叫ぶんだ。
「彼は、私を助けてくれた。瀕死の状態から、何も見返りも求めず、命を……」
葵が続いた。
「えいとくんは……目の前で何人もの命を救った。子供も、大人も……私たちは見てたのに……それを、どうして……!」
人々がざわめき始める。
あちこちから小さな声が漏れた。
「俺の息子も助けられた……」
「そういえば、母の病が治ったって……あれはこの子……?」
聖職者は眉をしかめ、声を荒らげる。
「惑わされるな! 黒き癒しは神に背く呪いだ。甘言に耳を貸してはならん!」
だが、その声に被せるように──
「違う! あの光は、優しかった!」
「私の娘は、ずっと苦しんでた……でも、あの子が手を当てた瞬間に笑ったんだ!」
声が重なり、震えながらも次第に力を増していく。
「癒された。確かに癒されたんだ!」
「この人を殺すなんて、正気じゃない!」
聖職者の顔が歪む。
「黙れ、異端を庇う者も同罪だ!」
しかし、兵士たちは動かなかった。
その表情に、揺らぎが生まれていた。
フィーネは、泣きながら叫んだ。
「お願い……もう誰も、見捨てないで……!」
群衆の中から嗚咽が漏れ、怒声と叫びが交じり合う。
そしてその時──遠くの鐘が、重く鳴り響いた。
ひとりの騎士が馬を駆って広場に現れた。
その鎧には、教会とは異なる紋章が刻まれていた。
「王の命により、これ以上の処刑は禁ずる──」
その一声が、全てを凍らせた。
群衆の誰もが息を飲む中、騎士は言った。
「真実は、全て白日の下に晒されるべきだ」
運命は、この瞬間、確かに動き出した。




