第23話
夜、町の宿屋の一室。
静まり返った部屋の中で、風が窓の隙間から静かに吹き込んでいた。
葵は毛布に包まれて眠っていた。穏やかな寝息を立てながら、時折まぶたがわずかに揺れている。
俺は椅子に腰掛け、背を預けたまま、窓の外に浮かぶ星をぼんやりと眺めていた。
昼間の光景が、まだ胸の奥で温かく残っている。
老婆が、俺の手を握り返してくれたあの瞬間──
目を見て「ありがとう」と言ってくれた。
あの子供が、大声で叫んでくれた。
「あの人は、お母さんを助けてくれた」
その声は、まるで心の闇に射し込む光だった。
俺はずっと、自分の力を恐れていた。
癒したと思っても、黒い光が呪いのように映り、人々の目は怯えに満ちていた。
でも今日──初めて、明確な信頼を感じた。
過去の自分の優しさが、誰かに届いていたことを知った。
それが、ただそれだけのことが、心を救ってくれた。
窓の外に目をやると、遠くの丘にひとつ、明かりが灯っていた。
それが誰かの家で、そこに暮らす人の温かな時間であることを思うと、胸の奥がじんわりと熱くなった。
──こんな世界を、壊させたくない。
俺は静かに立ち上がり、寝ている葵のそばにしゃがみ込んだ。
彼女の寝顔は、少しだけ笑っているように見えた。
苦しかった日々を乗り越えて、やっと手にした安らぎ。
きっと、今日の出来事を夢に見ているのだろう。
俺はそっと、彼女の髪を撫でた。
その感触に、胸がきゅっと締めつけられる。
そして、自分の胸に問いかける。
癒しって、なんだろう。
病を治すこと? 痛みを和らげること?
人々が望む“癒し”とは、ただの機能かもしれない。
でも、俺が見つけたのは違う。
隣で寄り添い、涙を拭ってやれること。
その人の痛みに気づき、心を抱きしめること。
たったひとつの言葉で、笑顔を取り戻してもらうこと。
それが、俺の“癒し”なんだ。
黒い光は、見た目は禍々しいかもしれない。
でも、俺の中にある願いが、ちゃんと届くと信じてる。
──信じてくれた人たちのために。
もう一度、優しさを信じて。
俺の旅は、ここからまた始まる。
そして次は、もっと多くの人に、真の癒しを届けるために。
だが、ふと脳裏をよぎる疑問があった。
──どうして、教会は俺を迫害しようとするんだ?
その問いだけが、心に残ったまま、夜が更けていった。




