第22話
小さな町だった。
それでも、森を越えて三日かけて辿り着いたこの場所には、穏やかな風と、温かい人の気配があった。
俺と葵は、町の入口で一度立ち止まり、互いに目を合わせた。
もう逃げない。
もう隠れない。
そんな覚悟が、無言のままに共有された。
町に入ると、数人の住人たちが、こちらをちらりと見た。
どこか警戒した目だったが、俺は気にせず、ゆっくりと歩を進めた。
そしてそのとき、広場の片隅で倒れていた老婆を見つけた。
「葵、待ってて」
声をかけてから、俺は駆け寄った。
息が浅く、顔色も悪い。
すぐに俺は膝をつき、手をかざした。
黒い光が、ふわりと広がる。
周囲が息を呑んだのがわかった。
けれど、俺はそれを無視した。
──やがて、老婆がゆっくりと目を開いた。
「……あら……体が、軽い……?」
安堵の吐息とともに、俺は静かに立ち上がった。
そのとき、後ろから子供の声が飛んだ。
「あの人! 前にも僕のお母さんを治してくれた人だよ!」
その声に、町の空気が揺らいだ。
「ああ、思い出した……黒い光の癒し……でも、母さん、本当に元気になったよな……」
「怪我も、病気も、治って……それ以来、倒れることもなくなったんだ」
「見た目は、怖いかもしれないけど……」
「……でも、助けてくれたのは、あの人だった……」
次第に、声が重なり合っていく。
老婆が、俺の手をそっと握った。
「ありがとう……本当に、ありがとうね。あなたの目を見て、わかるのよ。あなたは、優しい人だって」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。
誰かが、俺を信じてくれている。
黒い光がどう見えようとも、それでもなお、俺の行動や心を見てくれている人がいる。
葵の手が、そっと俺の袖を握った。
振り返ると、彼女は涙ぐんでいた。
「えいとくん……よかった……」
その声には、どこか誇らしげな響きと、安堵があった。
俺は小さく笑った。
涙が零れそうになるのを、こらえながら。
優しさを信じる人たちがいる。
俺の手を取ってくれる人がいる。
その優しさが、俺を救ってくれた。
この町で、もう一度、歩き出せる気がした。
そして──今度は、自分のためじゃなく。
信じてくれる人たちのために。




