第20章
焚き火の明かりが、微かに揺れていた。
俺は葵をそっと木の根元に寄りかからせ、濡れた服を温めるように上着をかけた。
彼女はまだ完全に目覚めきってはいないようで、ときおり小さく咳き込みながらも、俺の顔を見ていた。
「ここ……どこ……?」
「異世界。リオ=セリカっていう土地だ」
その答えに、葵は目を見開いた。
けれど驚きは一瞬で、すぐに不安そうに眉を寄せた。
「やっぱり……夢、じゃなかったんだ」
彼女の声は震えていた。
「どうして……葵がここに?」
俺の問いに、葵は少し俯いた。
火の明かりが彼女の頬を照らし、その表情はどこか影を帯びていた。
「……私、ある日突然この世界に飛ばされたの。目が覚めたら、森の中で……」
言葉を選びながら、葵はゆっくりと話し始めた。
「水も食べ物もなくて、歩き回ってるうちに力尽きて……あのとき、本当に、もうダメだって思った」
彼女の声に、俺の心がわずかにざわめいた。
それは、かつての“優しい”葵の面影。
それとも、俺が知りたかった本当の姿だったのか。
「……どうして俺に、何も言ってくれなかった?」
ふいに、過去の言葉がこぼれ出た。
葵ははっとしたように顔を上げた。
「えいとくん……」
「全部、信じてたんだ。俺だけじゃなく、葵も笑ってくれてたから……でも、ある日突然……」
声が途切れる。
葵はその沈黙を見つめ、唇をかすかに噛んだ。
「私、怖かったの……」
そう言った彼女の目に、涙がにじんでいた。
「真柴くんから……脅されたの。私の家……父が、真柴くんの家の会社に勤めてて……クビにされるって……」
時間が止まったようだった。
俺の中で積もっていた疑念が、怒りが、悲しみが、
一気に崩れ落ちていく音がした。
「……なんで、黙ってたんだよ……」
「だって……私が言ったら、えいとくんまで……」
葵は、火に照らされながら、静かに肩を震わせた。
声を殺して、泣いていた。
許してほしいとは言わなかった。
ただ、ぽつりと。
「……ごめんなさい……」
その言葉に、俺の胸が締め付けられた。
だけど──
許すとか、許さないとか、そんな問題じゃなかった。
俺は最初から、葵を憎んでなどいなかった。
憎めるはずがなかった。
だって、今も……
葵のことが、好きだから。
焚き火の音だけが、静かに夜を満たしていた。
俺は、何も言えなかった。
ただ、心の奥で何かが揺らいでいた。
それが、赦しでも、愛の再生でも──
まだ、言葉にはできなかった。




