第2話
──気がつくと、そこは光のない空間だった。
白でも、黒でもない。色の感覚さえ曖昧な、何もない場所。
それなのに、不思議と怖くはなかった。
「……神崎瑛人」
どこからか、声がした。
振り向いても誰もいない。
なのに、その声は確かに俺の名前を呼んだ。
「君に、“癒し”の力を託す」
「……癒し?」
答える前に、視界が揺れた。
次の瞬間──目の前が、真っ暗になった。
*
「わっ!? な、なんなの、あんた……っ!」
目を開けた瞬間、怒鳴り声と共に、何かが跳ねるように離れた。
そこは──森の中。
木漏れ日が差し込み、鳥の声が響く。
地面に仰向けになった俺の顔を、見慣れない少女がのぞき込んでいた。
……いや、ただの少女じゃない。
猫耳。
栗色の髪と、鋭い琥珀色の瞳。
「……猫?」
「はあ!? 猫って言った!? 誰が猫よ!」
目を細め、怒りをあらわにする彼女。
けれど俺は、その動きすら夢のように見えていた。
「ここ、どこ……?」
「は? なに言ってんの、あんた……」
少女──猫耳の少女は、あからさまに訝しむような目で俺を見た。
「まさか……あんた、空から落ちてきたあれ?」
「……あれ?」
見上げると、木々の間にぽっかりと空が広がっていた。
そこに、小さく揺れる、黒い残光。
「あんなの見たことない……。まさか……厄災の王……?」
少女の声が、かすかに震えていた。
「ちょ、ちょっと動かないで! 警戒してるんだから!」
警戒?
厄災?
頭が回らない。
けれど、確かに──この世界は、俺の知っているものじゃなかった。
転移した。
事故のあと、あの白い空間で声を聞いて……。
「癒し……の力……」
そう、あのとき。
*
──君に、この世界を癒してほしい。
そう神のような声に言われた。
だが俺は。
「……嫌だ」
あのとき、俺は拒絶した。
癒せるわけがない。
優しさで救えたなら、俺は現代で、あんなふうになっていない。
「信じられないだろ、そんな力……」
それでも、力を授けられたのだという。
その証拠に、俺の掌には、淡い黒の光が、時折脈動していた。
それが何なのかも、わからない。
けれど、この世界は──俺に何かを求めているらしい。
猫耳の少女は、じっとこちらを見ていた。
恐れるように。
そして、どこか……迷っているように。
それはきっと、俺の瞳にも映っていた。
迷いと、不安と、戸惑いと。
それでも俺は、この世界で──生きなければならないのだと。
そう思った。