第14話
俺は広場を離れた後、しばらく無言で歩き続けた。
胸の奥がざらついて、呼吸が上手くできない。
真柴の顔が、声が、脳裏にこびりついて離れなかった。
あいつが、あの真柴が──この世界でも“聖なる癒しの勇者”だなんて。
神の加護を受けた救世主?
人々に称賛され、白い光で癒しを与える存在?
ふざけるな。
何もかも持っていくつもりか。
「……待って」
フィーネが声をかけてきた。
気づけば、俺は人気のない裏路地に入り込んでいた。
乾いた風が、埃を巻き上げる。
「大丈夫……じゃないよね」
その言葉に、俺は力なく笑った。
「大丈夫なわけ、ないだろ」
吐き出すように言ってから、背を壁に預け、ゆっくりと腰を下ろした。
手が震えていた。足の力が抜けて立っていられなかった。
「どうして、あんなやつが……」
あいつは、俺のすべてを奪った。
友達も、葵も、俺が築いてきた居場所も。
何も悪いことなんかしていなかったのに。
ただ、みんなに笑っていてほしくて、幸せでいてほしかっただけだった。
なのに、あいつは俺を地獄に突き落とした。
俺のことを気持ち悪いと笑い、嘘をばらまいて、全部壊した。
そして今度は──この異世界で、俺が信じてきた“癒し”までも。
フィーネは、隣にしゃがんで静かに言った。
「でも、あんたの癒しは、ちゃんと人を救ってる。
グラニードで見てた。あの光は、確かに人の痛みを和らげてた」
「でも……誰も信じてくれなかったら?」
言葉が震える。
また、あの地獄が繰り返されるのか。
周囲の視線が、冷たい刃のように背中を刺す日々が。
「信じるよ、私は」
フィーネの声が、すとんと心に落ちてきた。
「……それだけじゃ、きっと足りない」
「それでも、私が最初に信じる。だからあんたは、前を見て」
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
でも、それだけでは足りないともわかっていた。
その日の夜、宿に戻ると、すでに妙な空気が漂っていた。
人々の目が、俺たちを見る目が変わっている。
どこかよそよそしく、怯えるような、距離を取るような気配。
宿の女将が、そっと視線を逸らしたのを見て、確信した。
誰かが噂を流したのだ。
黒い光の異端者が、王都に現れたと。
影が、また俺を包もうとしていた。
真柴の言葉と光が、じわじわと俺の立場を侵食していく。
光の中に立つ真柴と、闇に堕ちる俺。
同じ癒しでも、これほどまでに違うのか。
この世界でも、俺はまた一人になるのか?
フィーネも、いつか去ってしまうのか?
そんな疑念が、心を濁らせていく。
光と影──その再会は、静かに、確実に、俺の心を削っていった。




