第12話
グラニードを離れることになった翌朝、俺たちは街の南門をくぐって出発した。
誰にも告げず、静かに街を後にする。
けれど、背後から何かの視線を感じた。
振り返ると、昨日癒した人々が、誰ともなく立っていた。
ルカの母親、咳の少女、老人、青年たち──
皆、黙って、ただ見送ってくれていた。
それが、なによりも温かかった。
「……ありがとう」
呟くと、小さな手が振られた。
ルカが、精一杯の笑顔で見送ってくれていた。
俺はそれに、そっと手を振り返した。
フィーネと共に街道を進みながら、次の目的地を決める。
「ここから東に向かえば、王都ルミナリアに通じる街道に出る」
「危険じゃないの? 教会の本拠地でしょ」
「でも……あそこには、何かある気がする」
そう言いかけた時だった。
茂みの中から、低く唸るような声がした。
「う……ぐっ……」
駆け寄ると、そこには若い男が倒れていた。
身なりは粗末だが、どこか整った顔立ちで、手足には縛られた痕。
背中には深い傷があり、血が染み出ていた。
「助けて……」
その一言を聞いて、俺は迷わなかった。
黒い光を、再び掌に宿らせ、そっと男の背に触れる。
男の体が一瞬びくりと震えたが、すぐに呼吸が穏やかになる。
「……ありがとう……」
彼は弱々しく微笑んだ。
名前は、リオン。
行商人の護衛をしていたが、盗賊に襲われて逃げ出し、道に倒れていたのだという。
「しばらく、ここで休んでいけ。安全な場所まで送ってやる」
フィーネが言い、俺も頷いた。
焚き火を囲んで、リオンはぽつりと語った。
「実は俺、ちょっと……事情のある家に生まれてさ」
冗談のように言ったその言葉に、俺は笑って聞き流した。
「教会がうるさくて、今は身を隠して旅してるんだ」
「そんなこともあるのか……」
俺は特に深く考えなかった。
でも、フィーネが彼を見つめる瞳には、微かな緊張が宿っていた。
その瞳は、何かに気づいていた。
だが、フィーネは何も言わなかった。
黒い癒しが、知らず知らずのうちに、ある“血筋”にまで届き始めていた。
このとき俺はまだ知らなかった。
この“名もなき旅人”が、後に俺を導く“何者か”であることを。
そして、癒しがある家系に届いたとき、教会の支配は静かに揺らぎ始めるのだということを。




