第10話
グラニードの街に近づくにつれ、道の整備は良くなり、馬車や旅人の往来も増えていった。
商人風の男たちが荷を引き、歌うような声で値段を交渉しながら道を行き交う。
そんな中でも、俺は気づいていた。
街へ近づくほど、視線が増えている。
好奇の目。
警戒の目。
そして、恐れ。
どこかで噂が広まっている。
黒い光の癒しを使う“異端者”の存在が、目撃されている──
「……気をつけて、瑛人」
フィーネが、すぐ隣で低く言った。
耳を伏せ、尾を揺らしながら、まわりの空気を感じ取っている。
「この街、教会の影が濃い。あたしたち、ここでは“よそ者”だよ」
俺は頷いた。
グラニードの門をくぐった瞬間、心臓がわずかに軋んだ。
視線ではない。
もっと別の──見えない何かが、俺を見ている。
夢の中で何度も感じた、“あの存在”の気配。
神。
姿も声もない、ただの気配。
けれど確かに、俺の奥に問いかけてくるものがある。
──お前は何を癒したいのか。
──その力を、誰のために使うのか。
心臓が鼓動を強める。
なぜ今、ここで問いかけてくるんだ。
迷っていた。
答えられなかった。
俺は誰かを救いたいと願った。
けれど、その力が黒い光となって現れ、周囲に恐れられる今、
それが本当に癒しなのか、自信がなかった。
「……俺は、誰のために……」
頭に浮かぶのは、ミレイの笑顔。
怯えた村人たちの表情。
教会の冷たい声。
「答えなんて、わからない……俺は、ただ……」
弱音がこぼれそうになるその瞬間。
──お前の優しさが偽りでないのなら、それを証明してみせろ。
静かに、しかし確かに胸に響いたその声に、俺は言葉を失った。
「……証明?」
誰に? どうやって?
俺の優しさが、本物であると。
その力が、呪いでなく、癒しであると。
自分でも、確信が持てない。
それでも、
誰かの痛みを消したいと願った心だけは、本当だった。
街に入ると、思っていた以上に人が多く、ごった返していた。
市場の喧騒、笑い声、交渉、怒鳴り声。
その中で、一つだけ異質な声が耳に飛び込んできた。
「黒い光に癒されたって? あんなの、呪いだ!」
振り返ると、広場の隅で白衣を着た教会の宣教師が、大声で叫んでいた。
「奴らは神の御業を偽っている! 黒は死と破滅の象徴! 癒しなど、ありえぬ!」
その声に、周囲の人々は複雑な顔をしていた。
信じている者もいれば、眉をひそめる者もいる。
中には、小さく呟くように言った者もいた。
「でも……助かったのは、本当だって……」
その言葉は風に消され、宣教師の声にかき消された。
俺は拳を握った。
信じてもらえなくてもいい。
それでも、誰かに届くと信じて、この街で真実を見つけ出す。
癒しとは、何かを偽ることじゃない。
ただ、傷ついた誰かに手を伸ばすことだ。
その手が黒かろうと、白かろうと──それに意味はないはずだ。




