第十二章 終着と、その先(JL0922)
JL0922便、那覇発・羽田行き。あやの48時間修行、その最終便。搭乗口の椅子に座りながら、足を組み替えるたびに、筋肉が悲鳴をあげる。身体は限界を超えていた。けれど、顔には出さない。
「あと一回。これが最後」
ボーディングが始まると、あやはゆっくりと立ち上がり、列の最後尾に並んだ。修行を始めた頃は、最前列に並びたがっていた自分を思い出す。今はもう、何番目でもいい。ただ、座席にたどり着ければ。
機内に入ると、乗客たちの空気は少しだけ柔らかかった。観光帰りの家族、出張終わりの会社員、日焼けした学生。その中に、無表情のあやがいた。指定された窓側の席に座り、深く息をつく。リュックの中から、紙に印刷されたFOP計算表を取り出し、指先でなぞった。
「これで、50,102FOPになる」
計算は何度も見直してある。ずれることはない。だけど、心はまったく動かない。
離陸の瞬間、機体が大きく傾いた。窓の外に見えたのは、朱に染まる那覇の海だった。
「綺麗だな」
思わず漏れた言葉に、自分で少し驚いた。でも、それだけだった。何かが感動まで届く前に、心のどこかで遮断してしまっていた。
機内アナウンス。
「まもなく羽田空港に到着いたします」
その言葉に、あやは再びスマホを手に取った。JALアプリを開く。FOP履歴、予約一覧、ステータスの進行バー。変化は、まだない。
「まぁ、反映されるのはいつも2日後だし」
紙に印刷したFOP計算表の数字を指でなぞる。確かに、これで50,102FOP。間違いはない。でも、実感は湧かない。嬉しさも、達成感も、あまりなかった。ただ、長く続いた週末のマラソンが、ようやく静かに終わった──そんな感じだった。
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羽田空港の到着ロビー。 照明の白さが目にしみる。誰も待っていない。誰にも報告しない。ただ、自分の中だけで、完結するゴール。
あやは、ゆっくりとベンチに座った。バッグからペットボトルを取り出し、ひと口。その水が、今日いちばん美味しく感じられた。けれど、その後に口をついて出た言葉は──
「次、どうしよう」
だった。