第十章 繰り返す空(NU0617)
那覇空港の南ウイング、離島便搭乗口。小さな待合スペースは、どこかバスのターミナルに似ていた。
石垣行きのNU0617便。あやにとって、二度目の石垣。今日の気温は、35度。搭乗口のベンチに座りながら、あやはスマホの画面を眺めていた。ニュースアプリ、SNS、FOP管理アプリ──何を見ても、もう情報が頭に入ってこなかった。耳に入るのは、子どもたちの笑い声と、観光客同士の楽しそうな会話。その音たちが、やけに遠く感じる。
自分は、この空港に馴染めない種類の人間なんだな。そう思った。楽しむために旅をする人々と、数字を埋めるために空を巡る自分。搭乗が始まり、あやはゆっくりと立ち上がる。那覇の空は、晴れていた。昨日と、何も変わらない。
機内。プロペラ機のエンジン音が近い。耳に振動が残る。あやの席は窓際。隣には初老の男性が座っていたが、お互いに会話を交わすことはなかった。シートに背中を預け、深く呼吸をしてみる。でも、空気は乾いていて、呼吸が喉で止まるような感覚だった。
今、わたしは何をしてる?思考が浮かんでは、霧の中に消えていく。外の景色は相変わらず美しかった。海が広がり、点々とサンゴ礁が浮かぶ。けれど、それらも記号のようにしか認識されなかった。知っている。昨日と同じだ。気づけば、両手はリュックのストラップを握りしめていた。心のどこかが、崩れてきているのを、感じていた。でも、それすらも確認する暇もないほどのスケジュールが上書きしてくる。
着陸態勢に入り、石垣島が見えてくる。空港、滑走路、管制塔──どれもさっき見たもののような既視感。エンジンの回転数が落ち、機体が沈み込む。
あと2レグ。そう思った瞬間、自分がただのカウンターになったような錯覚に陥った。降機の列に並びながら、あやは何も考えないようにしていた。次はNU0626。折り返しの便が、もう待っていた。