その九:魔法の森のお菓子の家
「あいたたた……。シャーキス?」
びゅうッ! 冷たい風がまともに顔に吹きつけていった。
「うわ、寒い! あ、コートがない!?」
突き飛ばされたはずみで、どこかに落としたらしい。
「シャーキス! シャーキス! どこだい? どこにいるんだい!?」
僕は寒さに震えながら、シャーキスを探した。
「るっぷりーいっ!」
シャーキスが飛んできた。軽いシャーキスは、壁に入った後も宙を飛んで、僕より遠くへ飛ばされただけのようだ。
「るるっぷッ! ご主人さま、だいじょうぶなのですか!?」
「よかった、きみも無事だね。僕はちょっと寒いけど、平気だよ。えーと、ここは……」
「るっぷりい! 森の中みたいです」
「でも、森にしてはどこか変じゃないか?」
歩き出すと、冷たい風はやんだ。
森の木は、ほとんどが樫の木のようで、その枝葉にはリボン飾りがあったり、クリスマスツリーの星やさまざまな種類のオーナメントが飾られていた。
「るっぷりい。めずらしい森ですね。ぜんぶの木がクリスマスツリーみたいなのです」
「そうか、ここはクリスマスツリーの森だ。森の木は、クリスマスツリーなんだ。きっとあの現代アートの絵の中の森に入ったんだよ!」
「るっぷりい!? まさかなのです。だって、あの絵とは似ても似つかない、きれいな森なのです!」
「きれいな森なところが同じなんだ」
「るっぷりい~。なんだか納得がいかないのです~、ぷい!」
「どこかにクリスマスクッキーの飾りもあるかもしれない」
「るっぷ? クリスマスツリーの飾りを食べるのですか?」
「お腹が空いてきたんだよ。食べ物を探そう。魔法の森なら、なにかありそうだ」
僕は木々の飾りをよく見ながら、シャーキスといっしょに森の中を歩きまわった。
「あちこちにクッキーの家の飾りと、方向を示す矢印があるよ。方角はあっちだ。シャーキス、いってみよう!」
「グッシッシィ!」
「がーう、がうッ!」
ニザとシャーキスが森の中を歩くその後ろを、こっそりつけながら、魔法使い人形とひねくれ小熊のぬいぐるみは、またもや悪い笑顔になっていた。
「ほ~れみろ! 礼儀作法のなっていない悪ガキどもめ。ここは女王さまの魔法の森だが、黙って盗み食いするやつには、罰が当たるんだぞ~!」
「そうだ、そうだ、罰に当たりやがれ、がうううッ!」
「よ~し、俺さまがとっておきの魔法をプレゼントしてやろう。お腹が空いて、目の前のお菓子を食べたくてたまらなくなる、すごい『腹ぺこの魔法』をな!」
クリスピス・シャーキーズは、魔法の杖をブンブン振り回した。
魔法の杖は閃光を放ち、空中に放たれた光は、どこかへ飛んでいった!
ふわっと優しい風が吹き抜けていった。
「なんだか甘い香りがするね。どこかでお菓子でも焼いているのかな」
「るっぷりい! ご主人さま、雪が降ってきました!」
夜空から真っ白な粉が降ってくる。
「わあ、粉雪だ!」
空中で、雪がキラキラ光ってる。
甘い香りがいっそう強くなった。
「あれ? この雪、もしかして……」
ふわふわ降ってきた白い雪の結晶を、一口食べてみた。
「うん、甘いや。これ、お砂糖だよ。粉砂糖だ」
僕の上にはほとんど降りかからず、手や肩についたとしてもベタベタにはならず、勝手に落ちなければ、軽く払えばきれいになる。
「るっぷりい! 地面に積もっている雪もぜんぶお砂糖みたいなのです!」
まわりの木をよく見ると、クリスマスツリーのオーナメントだと思っていた丸い飾りは、いろんな木の実だ。
リンゴに梨。桃にプラム。オレンジにアプリコット。なかには白い砂糖衣が付けられ、キラキラしているものもある。
「白い衣付きのは砂糖漬けのフルーツだ。果物をまるごと砂糖漬けにしてあるんだ」
木の枝に近づくと、こんどはチョコレートの香ばしくてちょっとビターな香りがした。
「この木の枝はチョコレート細工みたいだ」
「るっぷ! あっちの木の葉はウエハースですよ。小さい木の実はマジパン細工です!」
食べられる小さなサンタ人形やソリやトナカイもある。
「森にあるものもすべてお菓子なんだ。すごいや!」
森の地面には黄色いレンガの道があった。固くて本物のレンガみたいだけど、ふわりと甘い香りがするから、固めのお菓子か、お砂糖で何かを固めたものだろう。
すべてが食べ物だとわかると、踏むのがためらわれたけど、それでは一歩も進めない。
ここは魔法で管理されている森だ。
僕が気にすることじゃない。
そう納得して、僕は普通に歩いた。
「るっぷ! ほら、小さい家がありますよ!」
カラフルな色彩にいろどられた小さな家は、まるで子どもがおままごとをするための隠れ家みたいだ。
「るっぷりい! あのお家の方から、とっても甘い香りがただよってくるのです!」
「ということは、きっとお菓子の家だ!」
お菓子の家に近づくと、甘いケーキの匂いにつつまれた。
ほかにもミルクチョコレートの香りや、新鮮なリンゴとオレンジなどのさわやかな香りなんかも混じっている。
「るっぷりいっ! お菓子でできたお家なのですか? 屋根は虹色のキャンディー、果物の砂糖漬けが飾ってありますね!」
家の壁のあちらこちらに、あざやかな赤や緑のチェリー、あんずにいちごの砂糖漬けがはめ込まれている。まるで宝石細工みたいなデコレーションだ。
窓のガラスは、常緑のクリスマスツリーを描いたステンドグラスだ。きっとガラスは飴細工だろう。
「すごいね。こんなに大きい家なのに、ぜんぶ食べられる材料でできているんだ!」
そう思ったら、急に空腹を強く感じた。
――変だな、がまんできないみたいだ……。
僕は目の前の壁へ手を伸ばした。
「るっぷりいッ! ダメです、ご主人さま、それを食べては、いっけませーんッ!」
シャーキスが、ビュンッ! と、すごい速さで飛んできて、僕とお菓子の家の間へ、空中に浮いたままで立ちふさがった。
「でも、お菓子の家だし、クリームで貼り付けられてる干しぶどうのクッキー、ひとつくらい……」
ビシッとシャーキスに手をはたかれ、僕はハッと我に返った。
「るっぷりいッ! 誰の、なんのお家かわからない建物なのです! それがお菓子に見えても、自分のものではないお菓子を勝手に食べるのは、いけないことなのですッ!」
シャーキスの言うとおりだ。
いくら甘い匂いにつられたからって、他人様の家を勝手に食べようとしたなんて……。
これまで僕は、童話に出てくるようなお菓子の家なら、見つけたその場で、無条件に食べてもいいと思っていたけど、
「そうだね、もし壁のクッキーを一個食べたら盗み食いだし、誰かのお家の壁を壊したことにもなるのか……」
「るっぷりい! そうなのです! 道に落ちているものを拾って食べてはいけないのです! お腹をこわしたらどうするのですか、るっぷッ!」
シャーキスの言ってることは正しい。
けれど、何かが僕の心に引っかかった。
「え?……いや、ちょっと待って。お菓子の家って、道に落ちてるって表現するんだっけ?」
この問題を、僕は真剣に考えたのに。
「るっぷりい! だってここは、お外なのです、ぷい!」
「あ、そうか。いや、でも、お菓子の家だよ。それでも道に落ちてるお菓子を拾って食べたことになるのかな……?」
そんなふうに、僕がよくわからない疑問で頭を抱えていたら。
お菓子の家が見えるぎりぎり遠い木の陰で、悪い魔法使い人形とひねくれ小熊のぬいぐるみが、ずっこけた!