その四:女王への〈捧げ物〉
小さな展示品の数々もまた、みずから淡い光を放っている。まるできらめく星々が、そこかしこに落ちているようだ。
「たくさんありますね! 女王さまがご自分で収集されたのですか?」
「わらわが集めたのではない。ここはクリスマスにちなんだ芸術品を納めるための、特別な宮殿なのじゃ。ここへやって来るのは芸術家なのじゃ。その者達はさまざまにクリスマスの夢を求め、それゆえにクリスマスにちなんだ美しい品々を作りだし、この宮殿へと奉納しに参るのじゃ」
そうだ、僕もクリスマスにちなんだ、なにか美しいものを作り出したいと考えていた。
それは、ここに奉納されている美しい品々を創造した芸術家たちと同じ気持ちじゃないだろうか。
「はい。きっと、僕もそうなんです。僕はクリスマス用の新しい魔法玩具を作りたいと悩んでいました。そうしたらニコラオさんが、クリスマスにちなんだ作品の美術館があると、連れて来てくださったのです」
「では、ここはもってこいの場所じゃ。だがのう……」
女王はちらりと横目で僕を見た。
「そなたのような芸術家がこの宮殿を見てまわるためには、やはり拝観料を払わねばならぬのじゃが……」
「はい。おいくらでしょうか?」
僕は上着のポケットからお財布を出した。 美術館へ行くつもりだったから、お財布は忘れず持って来たのだ。たとえ拝観料が設定されていない無料の美術館でも、お礼の寄付はするつもりでいたから、お金は必要だもの。
「それがのう。残念だが、わらわの宮殿の拝観料は、金銭ではあがなえぬのじゃ」
「では、なにをすればよいのでしょうか?」
僕が考えたのは、この美術館のお掃除とか、美術品の手入れとかだ。ようするにお手伝い的な労働というか、作業奉仕である。
女王は少し首をかしげた。
あれ、ちがうのかな?
「我が宮殿をおとずれし芸術家が支払うべき拝観料とは、〈捧げ物〉である。すなわち、その者がわらわの宮殿へ捧げるために作り上げた、この世で唯一無二の、クリスマスにちなんだ作品そのものなのじゃ」
「あ! 捧げ物って、そういうことですか!」
僕は明るい方に展示されている作品群を見回した。
「これらの作品はすべて、その芸術家の人たちが持って来て、捧げ物として置いていったのですね」
クリスマスにちなんだすばらしい作品を作った芸術家が、その作品ゆえにこの宮殿を訪れることを許される。その作品を携えてやってきて、奉納していく。
それが、人間の芸術家がクリスマスの精霊の力を借りることなく、この宮殿をおとずれることが叶う唯一の方法なのだろう。
そして、クリスマスの宮殿の鑑賞を許された芸術家は、その思い出が霊感の源泉の活力となり、新たな創造の芽吹きを生むのだ。
「そうじゃ。さて、そなたはどのような作品を作りおるかの?」
「あの、申し訳ございません。今日は何も用意してこなかったんです」
なにせ家を出発したのは、親方とニコラオさんが話をしてから十分後。行き先は普通の美術館だと思っていたから、拝観料や昼食代が必要だろうと、財布を慌ててポケットにねじ込んできたくらいだ。
「それはしかたあるまい。ここへ来ることは急に決まったのであろう。そのくらいはわらわにもわかるわえ」
女王は理解をしめしてくれた。
だが、僕がホッとしたのも一瞬で、
「とはいえ、そちだけ拝観料を免除するわけにはいかぬ。でないと、他の者たちには不公平になってしまうゆえに、それはできぬのじゃ。〈捧げ物〉はいただかねばならぬ」
「そんな……!?」
僕はシャーキスと顔を見合わせた。
さて、困った。今日は贈り物にできる物なんて、何もない。
お財布のほかに持ってる物は、おかみさんに持たしてもらったアイロンの当たった花の刺繍入りのハンカチと、おかみさんに編んでもらったオレンジ色の温かい毛糸の帽子と、今年買ってもらった新しい革手袋くらいだ。
「いますぐ差し上げられる物はなにもありません。でも、今日の見学を終えて帰ってから、あとで――二週間後に、必ずお届けします。それを拝観料として納めていただくわけにはいかないでしょうか」
僕は魔法玩具の職人だ。魔法玩具工房に戻れば、ステキな贈り物をいくらでも作ることができるんだ。
「ほう、〈捧げ物〉をあとで届けるとな?」
女王は興味深そうに僕を見つめた。
「ここは〈永久の一二月の森〉にある〈クリスマスの宮殿〉。人の世で来られる者は限られておる。クリスマスの精霊でもないただの人間のそなたがどうやって、クリスマス以外の日に〈捧げ物〉を届けるつもりじゃ?」
「もちろん、ニコラオさんにお願いして、ここへ届けてもらいます」
今日も帰りはニコラオさんに迎えに来てもらうし、ニコラオさんへのクリスマス用プレゼントの納品日は二週間後だ。ほかのクリスマス向けオモチャ作りも少しあるから、少々忙しくなるけど、魔法玩具をよぶんに一個作るだけなら、なんとかできる!
「なんと、そなたは個人の用向きで、普通の日に普通の荷をニコラオ殿に託し、精霊界まで運ばせようというのかえ?」
女王様は美しい目を大きく見開いた。
「なんとまあ、大胆な子じゃ。そのようなことをニコラオ殿に頼めるのは、地球ではそなただけぞ」
女王様はおおいに笑った。
僕は何がおかしいのかわからず、女王の笑いが収まるのを待った。
「ほほ、これは愉快じゃ。さようなことを言う人間には初めて会うたわ。さすがはニコラオ殿がお気に入りの若き芸術家だけはある。よろしい、わらわへの〈捧げ物〉は、あとで奉納することを許そう」
「ありがとうございます!」
僕とシャーキスは頭を下げた。
「良かったですね、ご主人さま!」
「うん、良かったねシャーキス!」
いますぐシャーキスを捧げ物にしろとか言われなくて、ホントに良かった!
「では、これよりそなた達は大切なお客様じゃ。わらわの宮殿に、クリスマスまで滞在することを許可しよう」
今日は一二月になったばかりだ。クリスマスまでまだ何日もあるのに!?
「いいえ、仕事があるので、クリスマスまではいられません!」
「おや、それは残念じゃな。そなた達ならば、春まで居てくれても大歓迎なのに。滞在予定はいつまでじゃ?」
「夜になったら、ニコラオさんが迎えに来てくださるので、帰ります」
「ますます残念じゃが、しかたあるまい。おお、そうじゃ! 宮殿は広いゆえ、効率よく見て回れるよう、案内役を付けよう」
女王が杖で床を、コン、と突くと、杖の先から生まれた光がどこかへ飛んでいった。
「したが、それだけではつまらぬのう。ひとつ、なぞなぞを出してしんぜよう。ここに滞在している間、そう、ニコラオ殿が迎えに来るまでの間に、わらわの名前を見つけてみよ」
「女王さまのお名前ですか?」
「そうじゃ。もし、みごとにわらわの名を探し当てられたら、〈捧げ物〉は特別に免除してもよい。では、心ゆくまで宮殿で過ごすが良いぞ!」
女王は、杖を頭上たかく掲げた。