その三:クリスマスの女王さま
僕らはクリスマスの宮殿に入った。
とても広い玄関ホールは、高い天窓から陽光が差し込み、建物全体の透明な青白さとあいまって、まぶしいくらいに明るかった。
「どっちへいけば良いんだろう?」
僕がつぶやくと、足下の床が黄金色に光った。そこから光の線が宮殿の奥へと走り、一直線に伸びていく。
シャーキスが光に沿って飛んだ。
「るっぷりい! 光はずっとつづいています。きっとあっちです!」
「よし、行こう!」
光の道すじは、大きな円柱が立ち並ぶ通路を、まっすぐに伸びていく。
たくさんの円柱は、人間の大人が二人くらいすっぽり入れそうなほど太くて、無色のガラスのように透明だ。
通路は明るい。柱そのものが照明のように周囲を照らしている。その内側に陽光にも似た黄金色の淡い光が宿っているからだ。
「るっぷりい! なんてきれいな宮殿なんでしょう! 柱や壁はガラス細工のようで、床はあちこちに金色のお砂が撒き散らされているみたいです!」
「きっと柱は水晶細工で、床は宝石のラピスラズリだよ」
床の色は明るい藍色だ。あちこちに金粉が振りまかれたように美しい色合いをしている。石の床の表面はなめらかに磨き上げられ、切れ目がない。
おそらく精巧に同じ形に切り出した石を、切れ目がわからないほど巧みにピッタリと組み合わせてあるのだろう。
「るっぷ? ご主人さまは見てわかるのですか?」
「うん、柱はただのガラスじゃないよ。さわったときの冷たさがガラスとは微妙に違うんだ。床石は最高級のラピスラズリの色合いだしね。絵の具やペンキでは、ここまで再現できないと思う」
床を走る光は、ひときわ明るい奥の方へと伸びていた。
広い場所に出た。あまりに広いので、遠くの方は暗くてよく見えない。
正面に一段高い壇があって、白い衣装の女の人が、立派な椅子に座っていた。
「わらわの宮殿へようこそ!」
優しい声がした。
きらめく白い衣装は、まるで純白の粉雪を糸に紡いで雪景色を織り上げ、そのままドレスに仕立て上げたかのようだった。
「わらわをクリスマスの女王と呼ぶものもおるが、わらわはこの宮殿の管理者なのじゃ」
クリスマスの女王の冠は、つばのないシルクハットみたいな高い円筒形で、真珠と水色の宝石で飾られていた。冠のふちからこぼれ出た白銀の髪は長く、立ち上がると、膝のあたりまで垂れ落ちた。
女王を見た僕は、森の奥深くに生える大樹を連想した。花のように若く、雪の結晶のように完璧な美しい女性なのに、僕にはなぜか、何百年もの月日を経た樫の大木のように年老いて感じられたのだ。
右手に持つ白い錫杖のてっぺんには黄金色の石がはめ込まれ、小さな月のように輝いていた。
「客人の訪れはひさかたぶりじゃ。若き芸術家よ、名乗るがよいぞ」
僕は帽子をとり、右手で胸の前にあてた。
「はじめまして。僕は魔法玩具師のニザです。魔法玩具師マルセノ親方の弟子です。この子はぬいぐるみ妖精のシャーキスです」
「るっぷりい! はじめまして、クリスマスの女王さま!」
シャーキスは僕といっしょにお辞儀した。
「礼儀正しいお子たちじゃこと。しかし、見たところ手ぶらのようじゃの。もしやわらわへの〈捧げ物〉は、そのぬいぐるみかえ?」
「え?」
僕はシャーキスと顔を見合わせた。
捧げ物って……シャーキスを、女王様に、差し上げるってこと?
「いいえ! シャーキスは僕が作ったぬいぐるみ妖精ですが、大切な親友です。女王様には差し上げられません!」
「おや、自分で作ったぬいぐるみ妖精が親友とな。珍しい子じゃの」
女王は黒い目を細めて微笑んだ。
「ここにたどり着けるのは、クリスマスにちなんだ作品を創造する芸術家か、クリスマスの精霊に特別に選ばれて、連れてこられた者だけなのじゃ」
女王は杖をサッと一振りした。
てっぺんの黄金色の球から光があふれた。それは小さな光の雲のようにかたまり、キラキラしながら宙を飛んで、僕とシャーキスを取り囲み、空気にフワッと溶けて消えた。
「ニコラオ殿のご推薦じゃからの。クリスマスまでの待降節の間、そなたたちを賓客としてもてなそうぞ。この宮殿をすみずみまで存分に見学し、ここにある美と芸術を、ぞんぶんに学んでゆくが良い」
女王がまた杖を振ると、こんどは杖全体から、まばゆい光が放たれた。光は無数の光のリボン状になって、四方八方へ飛んだ。
すると、それまで薄暗かった辺りまで、真昼のように明るくなった。
僕がいたところは、水晶の結晶めいた太い柱が規則正しく立ちならぶ、ものすごく広い場所の一角だった。
いっそう明るく輝きだした柱のそばには、さまざまな彫刻が置かれていた。美しい女神や妖精たちの彫刻像、立派なツノの生えたトナカイやサンタクロースなどだ。
石の彫刻製の巨大なクリスマスツリーもある。その枝葉には蒼白い星々が飾られていて、電飾みたいにピカピカ光っていた。
大きな飾り壺、きれいな彫刻がほどこされた木箱のようなものがあちこちに置かれている。どっしりした木製のクローゼットや大きな鏡台など、みごとな大型家具もある。
ほかにも、柱と柱のあいだには、小さな展示台がいくつもあって、ほのかに光っている。
それらは、内部に輝きを宿した水晶めいた石のようだった。