最終話:クリスマス前夜、そしてクリスマス
家に帰って、まず驚いたことは、僕がいなかったのが三日間だったことだ。
クリスマスの宮殿へ行った夜、ニコラオさんは約束通り迎えに来てくれたけど、絵画の中の魔法の森に落とされた僕はそこで一昼夜を過ごしていたらしい。
女王はそれを魔法で見て知っていたけど、僕が案内人のイタズラに負けることなく自分の力で乗り越えるのを見て、どこまでがんばるか試すことにしたという。
もちろん、本当に危なくなったら助けるつもりで見守っていたのだ。
僕を迎えに来たニコラオさんは、しばらく宮殿で待っていた。
女王は、僕を強制的に宮殿へ呼び戻すことも考えたそうだが、僕が試練を乗り越えたら、乗り越えた分だけ魔法の褒美をたくさん渡せる。僕は〈悪い子〉になったりしないから、そのほうが僕のためにも良いだろうと思ったそうだ。
なので、女王は、僕が脱出したらすぐニコラオさんへ知らせることを約束し、それでニコラオさんはいったん引き上げた。
僕が女王の名前を当て、魔法のお菓子の家で食事をして、クリスマスのホテルの部屋でシャーキスと一休みしていた夜に、クリスマスの宮殿から魔法玩具工房の親方宛に、大きな木箱が届いたそうである。
それには魔法使い人形が一二体と小熊のぬいぐるみが一二体、詰められていた。
木箱には女王からの手紙も入っていて、僕の帰宅が遅れ、魔法玩具工房での仕事ができない代わりに、クリスマスの宮殿でせっせとクリスマス向けの人形を作ったので、それを親方に迷惑料として納めて欲しいと、事情が書かれていた。
「るっぷりい? ご主人さま、ボクも知らなかったのです。あのクリスマスの宮殿で、いつの間にこんなにたくさんのお仕事をしたのですか、るっぷ?」
「うーん……。もしかしたら、考えていたあのときなのかな?」
どうやら、僕があの二体の人形の改良計画を想像して、当の二体に言って聞かせたその瞬間に、あの宮殿の魔法によって、改良版の人形が生み出されたらしい……としか、考えられない。
そうやって創造された人形たちを、女王は、僕が制作した人形として、親方の元に届けたようだ。
僕は魔法使い人形をひとつ手に取り、つくづくと眺めた。
「るっぷりいッ、ぷう! あの意地悪な魔法使いとうりふたつなのです! 見てると意地悪を思い出すから、ボクはあまり好きではないのです!」
シャーキスは僕の頭上をブンブン飛びまわった。
「そうでもないよ。僕はなかなか味のある顔だと思うな。どうです、親方から見たこの子達のでき具合は?」
親方は一体の魔法使い人形を取り上げてしげしげと検分した。
「うむ、人形本体はとても良い材料を使っているし、バランスもいい。全体として完成度が非常に高い人形だとおもうね。しかしまた、どうして、こんな愉快な顔にしたんだい? いや、非常にユニークで、おもしろいけどね……」
親方はなんとも言いづらいように顔をしかめた。
おかみさんが小熊のぬいぐるみを、両手に一体ずつ持ってきた。
「ニザさん、この小熊のぬいぐるみなんだけど……」
小熊のぬいぐるみはお腹を押すと、「ぴゅーい、ぷう!」とかわいらしい鳴き声をあげた。人間がぬいぐるみを持ったり押したりすれば、胴体に入っているグラウラーという部品に空気が通って声が出るのだ。
「言われた通り、新しい作り方をした赤いリボン・ネクタイを付けてあげようとしたのだけど、この小熊たち、なんだか気難しい表情に思えるわ。もっと大人っぽいスカーフやマフラーにしたほうが良くないかしら?」
僕は、だいじょうぶですよ、と請け負った。
「赤いリボン・ネクタイは、その子のお気に入りなんです。赤ちゃん用のぬいぐるみなので取り外して洗濯できるほうが良いし、もし邪魔になるなら外して、赤ちゃんが大きくなってぬいぐるみを囓らなくなるまで親御さんが管理してください、ていう説明書きを付けて売ればいいんですよ」
おかみさんはほかの小熊のぬいぐるみ人形すべてに、僕が工夫した方法で作った赤いリボン・ネクタイを、指示したとおりに取り付けてくれた。
おかみさんと親方は、魔法使い人形と小熊のぬいぐるみ人形を、お店の商品棚へ並べてくれた。
「ニザさんはすごいわね。あの宮殿に居た三日間で、これだけの工夫を思いついてくるんですもの」
「思いついたと言っても、どちらもクリスマスの宮殿にあった、奉納品を参考にしただけですから」
魔法使い人形と小熊のぬいぐるみ達はお行儀良く店の一角に鎮座している。僕が加えた改良なんて、見た目からはわからない程度の、ちょっとした工夫でしかない。
これのオリジナルたちにさんざん意地悪されたことも、いまとなっては変な夢みたいだ。
お二人には帰ってすぐ、魔法使い人形クリスピス・シャーキーズと小熊のぬいぐるみトッパラッタ・ラッタッターズの物語を報告してあった。
聞き終えた親方とおかみさんは、あきれたり怒ったりしたけど、僕は褒めてもらえた。
「貴方はよくやったわね。破壊せずにこの子達を修理できたのですもの」
「そうだな、なかなか出来ることではないぞ。ま、良い経験をしたと思って、今後に役立てることだな」
お二人が憐れみを込めた目を魔法使い人形と小熊のぬいぐるみへ向けたのはそれっきりだった。
親方は白いフェニックスのスノードームをショーウインドウに飾った。
これは昨日、僕が白いフェニックスの姿を忘れないうちにスケッチして、急いで作り上げたのだ。
自分用にサンプルひとつと、売り物用に五つ。
クリスマスの宮殿で見た純白のフェニックスは、とても神秘的だった。あの美しい姿をスノードームの題材にすれば、クリスマスの贈り物にふさわしいと思ったんだ。
浮かんだアイデアは消えないうちに記録して、制作に役立てるべし。
これも僕が学んだ親方の教えである。
「僕がこの人形達にした改良は簡単なものです。親方だって、僕と同じ工夫をすると思いますよ。この顔だって、いまふうでユニークでしょう?」
「おやおや、謙遜だな。新しい工夫と口にするのは簡単だが、じっさい行うのは難しいんだぞ」
「その小熊のぬいぐるみは、丈夫な最新の織り方のタオル地を使っているので、衛生的に洗濯ができます。縫製はしっかりしていますし、赤ちゃんが口に入れたら危険なボタンは使っていません。でも、このぬいぐるみのオリジナルが製作された頃は、そのとくべつなタオル地は、開発されていませんでした。だから、どちらの人形も、いまのクリスマスの贈り物に最適です」
魔法使い人形と小熊のぬいぐるみ人形は、クリスマスギリギリの一二月二三日に、駆け込みでプレゼントを買いに来たお客様方へ大好評で売れた。
どうやら、いかれた顔の魔法使い人形は、最近流行している世界的なファッションセンスにぴったりあうところがあるらしい。
でも、どちらも最後に、一体ずつが売れ残っていた。
クリスマスの宮殿から届いた木箱に入っていたのは、どちらの人形も十二体。
売れたのも十二体ずつ。
そして、売れ残っていた最後の一体は、僕らが数えていなかった十三体目ということになる。
まさかね……。
「さて、最後の一体ずつになったこのコンビをどうしようか?」
「るっぷ! 今年のお店はもう終わりなのです! この子達は、来年までお片付けしておくのですか?」
「そうだなあ……。でも、暗い場所へしまい込むのも、なんだか可哀想だ……」
けっきょくそのまま、表の店のショーウィンドウへディスプレイとして飾っておくことにした。
そうして翌日はクリスマス前日。
店はすでに休みに入っていたけれど、贈り物が買えなくて非常に困ったお客さまが店のドアを激しく叩かれたので、親方はお客さまに、勝手口にまわってもらった。
お客様は、ショーウィンドウに飾ってあった白いフェニックスのスノードームの最後の一つと、魔法使い人形と小熊のぬいぐるみをセットで購入された。
お客様は大喜びで、三つの贈り物の箱を、大事にかかえて帰っていかれた。
僕と親方とおかみさんは、売れ残りを心配していた人形がすがすがしく完売したので、大喜びした。
「るっぷ! これでみんなが幸せになれる自分のお家に行けたのですね! るっぷりい!」
シャーキスは魔法使い人形と小熊のぬいぐるみがいなくなった商品棚を、ていねいにお掃除した。
クリスマスイブの夜、僕らも幸せだった。
きっとあの人形たちも、明日の朝にはもっと幸せになっているはずだ。
だって、明日はクリスマスだから。
〈了〉