その十八:女王の褒美と〈捧げ物〉
〈ミリーの箱〉は、宝石の展示室の続き部屋で見た、寄せ木細工の箱だ。
あれは、最初にこの宮殿――クリスマスの美術館を想像した、名も無き魔法使いが納めたいちばん最初の贈り物で――いまはむかしの、欧州で中世と呼ばれた時代、貴族やお金持ちのクリスマスの宴会で、贈り物を集めるために使われる箱だった。
箱の中には聖母子像あるいは聖なる処女の像がいれられていた。
その像の名が〈ミリー〉。聖母あるいは聖なる処女の意味だ。
人々はミリーの箱へ贈り物を入れ、それらはあとで貧しい人々に分け与えられた。
そして、この宮殿もまた、クリスマスの贈り物を集める入れ物ゆえに、〈ミリーの箱〉なのである。
シャーキスは僕の左肩の上におとなしく座り、僕らは女王の前で恭しくお辞儀をした。
「この宮殿は、そのミリーの箱が魔法で顕現したものです。クリスマスの贈り物が集まり、必要とする人々へ分け与えられるように。だから女王さま、あなたは〈ミリー〉。この宮殿の化身にして、クリスマスの女王さまです」
女王ミリーは雪と星の衣をまとっていた。初対面のときよりも美しく見えた。その雪の様に白い髪の頭には一二の星飾りのついた冠をかぶっていた。それは、あの白い幻鳥フェニックスがいただいていた星冠とそっくりだった。
「完璧な答えじゃ。みごとになぞなぞを説いたの。さて、正解者には褒美がある。この宮殿では、あらゆる素材が手に入る。しかもそれを、想像した理想通りの形に、魔法で完成できるのじゃ」
人の世で、芸術家が夢見た形を実現する魔法。この世で最高の素材、希少価値の高い材料が、この宮殿にいながらにして、考えるだけで手に入れることができ、しかもそれを理想通りの完璧な作品にできるのだ。
作り手であれば、一度は夢見ずにはいられない。心に想像した理想のままに、完璧な作品を作り上げることを……。
「ただし、あまりに現実とかけ離れたものは持ち出せぬ。巨大すぎる宝石などがそうじゃ。また、もしも現世に持ち帰ったばかりに、人々へ歪みを与えかねぬ危険なものも、ここから持ち出せぬがの」
僕が作るもの――僕なら何を作るだろう。
どんなものがクリスマスの宮殿にふさわしいだろう。
どれほど美しい物であれば、女王さまにとって最高の贈り物になるだろう?
風が吹き抜けた。まるで春の息吹をふくんだかように、優しく温かい風だった。
室内に雪が舞った。
「るっぷりい! ご主人さま、雪の妖精さんです!」
白いレースの衣装を着た雪の舞い手たちが現れて踊り、室内は春の暖かさと、雪の涼しい匂いでいっぱいになった。
粉雪が吹き寄せられ、僕らの前で固まりはじめた。
やがてそれは、大人よりも大きな塊となって、その形を表し始めた。
「るっぷりいッ! すごく大きいですよ、ご主人さま。いったいなにを作るのですか!?」
「え? あ、いや、ミニチュア玩具を造るための材料がたくさん欲しいな、と思ったんだけど……」
高い七つの尖塔があり、水晶壁で囲まれた敷地の中に、巨大な鳥が翼を広げたような形のお城と大宮殿がある。精密な模型だ。城の裏には白鳥が泳ぐ緑の池と森まである。
城の表側は、蝶番で開けられる扉になっていて、美術品の展示室と美術品が再現され、水晶柱の玉座の間には、ほんものそっくりな白い女王のお人形と、これまた本物をミニチュアにしたような小さな魔法使い人形と小熊のぬいぐるみがいた!
「なんと! わらわの宮殿ではないか!」
女王は玉座から立ち上がった。
「しかも、わらわにそっくりな人形まで。なんとすばらしい!」
喜んでもらえたのは良かったけど、僕は戸惑いを隠せなかった。
「あの、どうしてこれができたのでしょう」
僕は心の中で想像しただけだ。魔法玩具に使える稀少な魔法を帯びた材料などがもらえるのだとばかり思っていたのに、いきなり完璧な作品が出現するなんて、なんだか詐欺みたいだ。
女王は優しく微笑んだ。
「そなたの想像力が強く、作りたい物のイメージが細部まで申し分なく完成されていたので、宮殿がその魔法の力で応えたのじゃ」
「でも、これでは持ち帰ることはできません」
「これはわらわへの〈捧げ物〉ゆえ、持ち帰ることは許さぬ」
女王は厳しい声で言い渡したが、すぐに表情をゆるめた。
「じゃが、安心いたせ。そなたの家にはすでに別の土産を贈っておいたゆえ。いまここで願うなれば、新しい不安定な材料ではなく、よく使う見慣れた素材を想像してみるがよいぞ」
僕は言われた通り、欲しい素材をできるだけ詳しく思い浮かべてみた。
直後、空中から、ドサドサといろんなものが降ってきた。
色とりどりの小石や端布や、鳥の羽やら植物の葉や実やタネが、すごい勢いでまだまだ僕の前に降ってくる。
きらめく小石がバラバラと降ってきて、シャーキスの頭に直撃した。
「るっぷりい、ぷうッ!?」
シャーキスは悲鳴を上げて飛び回った。
「るるっぷ! るっぷ! ご主人さま、こんどは何ですか?」
「いつも使ってる材料だよ! どうせなら、手に入りにくいやつがいいな、と……」
その量は、僕を中心にした半径一メートルくらいのスペースへ、あっというまに僕の胸くらいの高さまで積み上がった。
「うわあ、あの、もういりません。多すぎます!」
貴重な魔法玩具の材料になるものをたくさんもらった僕は、次にはお腹が空いていたので、魔法のお菓子の家のレストランへ、女王ミリーに連れて行ってもらった。
焼きたてのパンや丸焼きのチキンやシチューにパスタにキッシュパイ、パネトーネはもちろん、クリスマスクッキーにシュトーレンなど、クリスマスのご馳走をたらふく食べさせてもらった。
お腹がふくれたら眠くなったので、ニコラオさんの迎えを待つ間、宮殿の一角にある、クリスマス・デコレーションの休憩室で、ひと眠りさせてもらった。
そこは白いツリーと金のベルとヒイラギで飾られた美しい部屋で、やはりかつてここを訪れた室内装飾のデザイナーが〈捧げ物〉として造っていったそうだ。
僕はぐっすり眠って、すがすがしく起きた。
そして寝ぼけているシャーキスを抱え、迎えに来てくれたニコラオさんのソリへ、おみやげの大きな木箱といっしょに乗り込んだ。
女王ミリーは、宮殿の外まで見送りに来てくれた。
その左右に並んで、気持ち悪い笑いをしなくなった愉快でかっこいい魔法使い人形クリスピス・シャーキーズと、洗濯しやすいタオル地の体に生まれ変わった、愛らしい小熊のぬいぐるみ人形トッパラッタ・ラッタッターズも見送りに来てくれた。
最後の別れの挨拶のあとで、女王ミリーは、僕を祝福してくれた。
「弥栄、若き魔法玩具師よ。そなたにクリスマスの女王の祝福を授けよう。存分に世界を学び、その命ある限り、心のままに創造するがよい」