その十五:トッパラッタ・ラッタッターズの思い出と夢の贈り物
それは欧州のどこかにある国の、とても寒い冬の日だった。
クリスマスも近いある夜のこと。
仕事帰りに酔っ払ったおじさんが、オモチャ屋さんの店の前を通りがかった。
ショーウインドウに飾られたオモチャは、クリスマスセールの値引き札がついていた。
「おや、かわいいぬいぐるみだ」
小さな熊のぬいぐるみ。赤ちゃんが抱っこするのにぴったりの、やわらかなふわふわの毛並みをしたぬいぐるみだ。
「う~い、ひっく! いい買い物をしたぞ、奥さんも息子もよろこぶぞ。よし、お前の名前は、うーい、ひっく!……俺は、酔っぱらったかー? いやいや、そうじゃない。と、とっぱらったー、ラッタッターズだ。こりゃ、いいや。トッパラッタ・ラッタッターズ! 今夜からうちの息子を守ってくれよ」
こうして、小熊のぬいぐるみ人形は酔っ払ってるけど、家族思いのおじさんに買われた。
その夜から小熊のぬいぐるみは、赤ちゃんのベッドに飾られた。
みんなが幸せだった。
だが、赤ちゃんがちょっと大きくなって、手を伸ばしてぬいぐるみを掴むようになると、ぬいぐるみは赤ちゃんのヨダレまみれになり、何度も洗濯された。
ぬいぐるみの体の柔らかい布は、あちこち傷んできた。洗濯に向かない布地だったのだ。
でも、まだ幸せだった。
赤ちゃんはまた少し大きくなって、ぬいぐるみをしっかりつかんで、頭や耳を、生えてきた歯でかじるようになった。
女性の悲鳴があがった。
『たいへん、毛がむしれて、飾りのボタンが取れかけていたわ。もしも赤ちゃんが呑み込んだらたいへんだわ。それにすっかり汚くなったわね。こんな不潔なものは捨てましょう!』
あっ、と思うひまもなく、小さな熊のぬいぐるみは、赤ちゃんから引き離された。
ポーンと飛ばされて、赤ちゃんのいない部屋へ移動していた。
その日の夕方には、お勝手口の外へ持ち出された。
その翌朝、家の前の道の端にある、ご町内のゴミ置き場へ置かれたのだ。
「がうッ! そうしておいらは捨てられたんだ! がううーッ!」
トッパラッタ・ラッタッターズは、がうがう泣き出した!
「るっぷりいッ! なんてひどい! なんて可哀想なぬいぐるみ妖精なのでしょう! ぷうッ!」
シャーキスが飛んでいって、トッパラッタ:ラッタッターズの頭をよしよしとなぜた。
ひねくれ小熊のぬいぐるみは、シャーキスの短い手を振り払った!
「がうッ! 同情なんかいらないやい! おまえみたいに、最初から優しいご主人さまに恵まれて、なんの苦労も知らないぬいぐるみ妖精なんて、だいっきらいだッ! がう!」
「るっぷりいッ! それは誤解です! ご主人さまだって人間なので、間違いをおかしたことがあるのです! ボクは一度捨てられたのです、ぷう!」
「がうっ!? まさか!? こいつ、ほんとの良い子なのに、そんなひどいことをしたのか!? がう!」
「ほんとうなのです! ボクのことを恥ずかしくていらないと言ったので、ボクは出て行ったのです。でも、ニコラオさんのはからいで、ボクはご主人さまのもとへ戻れたのです。 るっぷりい!」
「が、がう! やっぱりおいらより、うんといい人生じゃないか! 最初から、いいご主人とお家があったんだ。おいらなんて、いちども人間にも家にも恵まれない、みじめな熊人形だぜ。がう! おまえなんか、おいらとはケタ違いに恵まれてるんだぞ!」
「るっぷりい! でもあなたは、こんなに立派なクリスマスの宮殿に住み、あんなに美しくてお優しいクリスマスの女王さまにお仕えしているではありませんか。それは幸せではないのですか、ぷう?」
「がうううッ、がう! ちがうんだ、おいらのしあわせは立派な宮殿に住むことじゃなかったんだ! おまえなんか、がう! ぬいぐるみのくせに、クリスマスの贈り物を持ってるやつなんかに、わかるもんか!」
「ぷい?」
「え?」
シャーキスと僕は同時にお互いの顔を見た。
「シャーキス、クリスマスの贈り物って、そんなの持って来てたかい?」
「ぷぷ……。いいえ、ありません。それに今年のクリスマスは、まだ二十日以上も先なのです。不可解です、るっぷ?」
「がう! その赤いリボンネクタイに決まってるじゃないか、二人ともバカだ、バーカ、がうーッ!」
「あ、これか」
そういえば、クリスマスに新しいのを作っては、シャーキスに付けている。
ぬいぐるみの飾りのリボン・ネクタイとはいえ、シャーキスはよく動くし、家のお手伝いをして汚れることもあるから、とうぜん洗濯もする。
だから、年に一度、新しいリボンネクタイに交換することにしたんだ。
その交換時期がたまたまクリスマスなのは、最初にリボンネクタイを贈ったのがクリスマスの日だったからだ。
「そうか、これも確かにクリスマスの贈り物だったね」
「るっぷりい! ボクは毎年、うれしいのです!」
「がうううッ! そんなことを自慢するなッ! うらやましくなんか、ぜんぜんないんだからなッ、がうッ!!! だいっきらいだ、バカヤローッ、うがーあッ!」
ひねくれ小熊のぬいぐるみは、いきなり飛び上がった。
うんと高い頭上で白い枝にぶつかり、まっさかさまに落ちてくると、白い地面を転げまわった。