逃げ切りなさい!
真由美は静香を連れてマリアが泣きながら入って行った寝室に向かう。
「マリアちゃん、ここを開けて!」
「私、あんな恥ずかしい目にあってもうダメです……」
「開けないなら力づくで入るわよ!」
「いえ、絶対に鍵はあけませんから!」
絶対に部屋の鍵を開けてくれないマリア、仕方がないので、真由美は宴会芸スキルのマジックを使って、ドアのカギを手品のように開けてしまう。
「なんで開けるんですか?」
「下着姿見られた程度でトップが凹んでいたら、国民はたまったものじゃないわ!」
真由美はマリアの脇に座り、ベッドで枕に抱き着いて泣いているマリアの頭を撫でる。
「ねぇ、静香さん、あなた殺戮の魔女から逃げ切ってくれない?」
「え、ちょ、ちょっと、待ってくださいよ! いくら逃げ水スキルがあるからって、その首狩り女から逃げるとか無理です……」
静香は下を向いて黙り込む。
「あなた、元の世界ではどんな生活していたの?」
「私は派遣社員をやっていて、会社勤めをしても嫌なことがあると直ぐ辞めちゃってて職場も転々としてて……。でも、それって社会人になってからではなくて、子供のころから気が弱くて逃げ癖があるんです……。きっと私では殺戮の魔女から逃げ切れない……」
真由美は落ち込む静香をジーっと眺める。
「静香さん、あなた歳はいくつ?」
「24です……」
「24年間人生から逃げ回っていたの?」
「……」
静香は真由美を直視できなかった。
静香も真由美のように自信を持って社会人として活躍したかった。
しかし、頭ではわかっていても臆病な性格は直らず、大人になっても逃げ癖は自分の意志では直せない。
そんな静香を黙って見つめる真由美、静香には自信にあふれる真由美の目を直視することなんかできない。
「ねぇ、静香さん、逃げ続けなさいよ!」
「え?」
真由美が予想外のことを言うので、静香は少し驚いた。
「逃げ続けていいんですか?」
「そうよ。元の世界に戻ったら、私みたいに嫌な奴は山ほどいるわ、でも、そんな奴らから最後まで逃げ切ればあなたの勝ちよ! だって人生は最後まで生き残った人の勝ちだもの。徳川家康がそうだったでしょ?」
「徳川家康の話はよくわかりませんが、確かに人生最後まで逃げ切れば勝ちかもしれませんね……」
静香は泣きながらベッドで寝ているマリアを見て、今の自分を恥ずかしく思った。
(この王女様も逃げ出したいことあるだろうに、きっと逃げられずに恐怖に怯えながらも、国民の先頭に立っているんだわ……)
静香は自分の中で何か熱いものが混みあがってくるのを感じた。
そして黒縁メガネを外し、三つ編みにしていた髪を解く。
「覚悟決めてくれたかしら? マリアちゃんの影武者としてカーラから逃げ切ってほしいの!」
「そんな大役今までの人生でやったことないから自信ないけど、やってみます」
「あなたメガネを取って髪を下すと案外美人なのね」
静香はマリアに近づき、マリアに服を交換するように伝える。
「マリアさん、私があなたになりきるわ。だから、マリアさんは安心して!」
「でも、静香さんが殺戮の魔女に首を狙われますよ……」
マリアはベッドから起き上がり、静香に身代わりになることの危険性を伝える。
「マリアさん、私は24年間人生から逃げてきたの。ただ逃げ足が速いだけのそこら辺の連中と一緒にしないで!」
静香は覚悟が固まったのか、マリアに優しく微笑む。
「大丈夫、どちらも私が死なせないわ! では、マリアちゃん、静香さんと服を取り換えて!」
「え、静香さんのあの上下赤い服を着るのですか……」
静香はマリアのドレスを着て、マリアは静香の赤いジャージに着替える。
ドレス姿と違って、一気に腐女子感が強まるマリア……。
「マリアちゃん、殺戮の魔女が王宮に入ってきたら、私の後ろで子犬のように隠れているといいわ!」
「真由美さん、言い方が厳しいですね……。でも逃げ回るだけではカーラは倒せませんよ……」
「大丈夫よ、カーラとかいう女と戦うのは静香ちゃんじゃないから。うちにはとっておきの戦士がいるわ!」
真由美はそう言うと、城の中庭へと向かって行くのであった。