クソ女神
工藤真由美27歳。
大手化粧品メーカーの商品企画部マネージャー。
眼鏡にスーツ、いかにも切れ者そうな見た目、真由美は普段からあまり笑顔を見せることもなく、ひたすら仕事に打ち込むビジネスマシーン。
そんな真由美には恋人もいなく、今まで何人か付き合ったが、彼女の隙のない雰囲気に付き合う男性も耐えられず、関係が長く続くことはなかった。
しかし、そんな真由美には恋人以上に没頭できる趣味があった。
彼女は重度の歴史オタクで休みがあれば史跡巡り、自宅の本棚は歴史小説や兵法書だらけ。
彼女にとって歴史上の人物は人生のお手本であり、私生活で友人らしき友人もいない真由美の孤独感を癒してくれる唯一のよりどころであった。
とある金曜日の夜、真由美は仕事から帰り、家で酎ハイ片手に新しく買った歴史小説を読む。
「この上杉謙信という男は本当に戦の天才ね。私的には彼のライバルである武田信玄や北条氏康みたいな戦略家の方が好みだけど、こういう天才肌の男と合戦になった時、私ならどう対応するか考えるだけでもおもしろいわ!」
真由美は本を読みながら自分ならどう戦うかをシミュレーションする。
「それにしても、この土日はどこに行こうかしら。大体都内は行きつくしたし、かといって2日間で遠出するのも厳しいし……、あれ、なんか眠くなってきたわ、飲み過ぎたかしら……」
真由美は急に強烈な眠気に襲われ、ベッドに寄りかかったまま眠ってしまう。
それから何時間が経っただろうか、真由美はふと目を覚ますが、周囲を見渡すとまるで夜空の中に浮いているような感じで立っていて、目の前には気だるそうに椅子に座ったやさぐれ美人と言った感じのドレスの女性がいる。
「あれ、夢かしら? あなたは誰?」
「あ~、わたしはとある世界の女神。うちの世界の人間がわたしに助けを求めて祈ってきたから、適当にこの世界から救世主として誰か送り込もうと思って」
女はそう言うと、酒瓶をラッパ飲みし、椅子の背もたれに気だるそうに寄りかかる。
「女神様がこんなだらしない感じとかあり得ないわ! これは夢よ。だって私が選ばれるとかあり得ないもの……」
真由美は目の前の女神があまりに自分の思い描く女神のイメージとかけ離れていることに驚き、夢だと信じようとするが、頬をつねろうが、顔を自分でひっぱたいてみようが目が覚めない。
「あんたを選んだのは適当だから! あんた会社でも部下に好かれていないし、ちょうどいいかなと思って」
「ふざけないでちょうだい! そんなことして、あなたを信じる人の願いに応えられるとでも思っているの?」
「まあ、誰か送り込めば「奇跡だ!」とか言って、喜ぶでしょ。あなたは真面目でユーモアがないから異世界でのスキルとして『宴会芸』という特殊能力を与えてあげるわ!」
「宴会芸ですって! そんな能力でどうやって乗り切るのよ!」
真由美は目の前の女神のあまりにもの適当さに呆れるが、女神はまったく話を聞いてくれる感じではない。
「あ~それから、あんたみたいに特殊能力与えたこの世界の人、あと3人ほど一緒に転移させてるから仲良くやってね!」
女神はそう言うと、真由美に向かって呪文を唱えだし、真由美の足元に魔法陣のようなものが浮かび上がり、真由美はそのまま吸い込まれるように体が魔法陣の中へと入っていく。
「あと、異世界であなたを呼んだ人間の願いを叶えられたら、元の世界に戻してあげるから。せいぜい頑張ってらっしゃい!」
女神のその言葉を最後に真由美は再び意識が遠くなり、そのまま再び眠りにつく。
(あれ、ベッドの上? いや、床の上に寝ているような感覚だけど、私の部屋かしら……)
真由美は徐々に意識が戻って来て目を覚ます。
「やっぱり、夢? 私は確か歴史小説を読みながら寝てしまったはず」
真由美が目を覚まし、周りを見渡すと、西洋のお城の中のような場所にいて、目の前には可憐なお姫様が真由美の手を握って座っている。
「え? あなた誰……」
「私はトルマリン王国王女のマリアと申します。女神さまにこの世界を救ってほしいと祈っておりましたら、あなたたちが目の前に現れました。これは奇跡ですわ!」
「え、あなたたち?」
真由美が周囲を見渡すと、同じ年くらいサラリーマンと20代くらいの暗そうな女性、そしていかにも勉強してなさそうな10代の学生らしい男がいる。
「あなたたちもあの変な女神に連れてこられたの?」
「俺は宮本小次郎、俺は武道オタクでお堅い男だから、『ラッキースケベ』の能力を与えると言われて、ここに強引に送り込まれた……」
「私は音無静香です。私は性格が根暗で会社が辛くなると次の職場、次の職場と逃げてばかりいるから、『逃げ水』の能力をやるから異世界でもせいぜい逃げ回れって……」
「俺は湯水虎太郎、俺は社長の息子でワガママ育ちだから、異世界では『小鳥しか操れないテイマー』として頑張れって……」
真由美以外の3人もやさぐれ女神におかしな能力だけ与えられて異世界へと転移させられていた。
「ところであんたはどんな能力を与えらてここに来たんだ?」
一番年長らしきサラリーマンの男が真由美の能力について聞いてくる。
「私は工藤真由美、私の能力は、『宴会芸』よ……」
4人の間に静かな時間が流れる。
そして、4人はマリアが祈っていた聖母のような女神像を見てボソッと呟くのであった……。
「このクソ女神め!」