I09 彼女の友達
「話って何だい」
俺の運転で、月曜日の朝に黒樹家を出た。
ノアの中には、蓮花、和、劉樹、虹花、澄花、静花ちゃんとその隣に愛しのひなぎくがいる。
山道には慣れっこだが、俺の家族だけは守ろうと必死でハンドルを切った。
ひなぎくの話に冷や冷やしなければいいが。
「あのね。この間、九十九里のいすみさんと話していたの」
「ああ。それで」
ちょっと喉がからからになったな。
ひなぎくが気を利かせて、俺用水筒をくれた。
「あなたの話になったのね」
ブッ。
カフェオレお砂糖マックスを勿体ないことに吹きそうになった。
ひなぎくは、珍しくスマートフォンで何かを探している。
さり気なく口説きにかかったな。
俺の何を話すんだ。
アラフィフは、内緒だぜ。
「友達に俺のことを話してるのかい」
「勿論、皆にではないけれどもね」
当然のように言うな。
しかし、ちょっとドキドキするもんじゃ。
俺は、どんなふうに紹介されているのだろうか。
これまた、ちょっと気になったりもするお年頃だ。
それは年の差婚じゃもん。
「でね。そろそろ、彼女に紹介したいんだけど。どうかしら」
「急な話だな」
突きつけられた凸凹山道に、俺は、またまたちょっと返答に困る。
「あなたが、お披露目が苦手なのは知っているわ。でも、ダメかしら」
背後から俺にチクチクと、ひなぎく視線の矢文だ。
俺って弱いぜ。
頭では様々な思いがグルグルと回った。
うおお、困ったもんじゃあ。
今はハチミツマックスお砂糖が欲しい位じゃもん!
「そうだね……」
ハア、ハア。
とにかく、答えた。
これで、よしだ。
◇◇◇
「それでね、いすみさんって、元、夷隅郡岬町に暮らしていたのよ。今は、いすみ市となったから、平仮名で呼んでよって面白いこと考えるわよね」
「はいはい、平仮名いすみさんね」
俺は正面を向いて、運転に専念した。
ここは、魔の峠もある。
「下は転生とか何にも関係なくって、静かな長江の江、静江さんと言うの」
転生?
ひなぎくは、最近何を読み出したんじゃ。
まあ、それはいい。
「で、いつ行きたい?」
「本当は海も山も夏がいいけれども、あなたが私の白い水着で鼻血を出すでしょう」
ブッ。
水筒の中は美味しいのだが、何故か今は塩辛い。
棒倒しが懐かしい九十九里浜だな。
「……よし!」
「はい」
俺は、固唾を呑む。
ほれ、ドラムの音が始まった。
ダダダダダダ……。
「再来週だな。白咲の家から、帰るときにしよう!」
「きゃあ、嬉しいメールで相談して置くわ」
「その前にだ。手術、がんばって来いよな」
◇◇◇
個室をお願いしてあり、子ども達と一緒だった。
「看護師さんにスリッパを用意してと言われたけれども、これは何かしら」
「五本指の健康に良さそうなスリッパがあったんじゃもの。しかも白いビキニばりの」
ちょっとちょっとちょっとでも、ひなぎくの気持ちを楽にしたいのじゃもん。
「履き難いわ」
「俺に任せるんじゃ。縁起がいいから履いていくといい」
俺は、背中を丸めて、ベッドに腰掛けるひなぎくの足を取った。
細いの。
何を苦労したら、こんなに細くなったんだ。
「失礼いたします。黒樹ひなぎく様、お仕度ができました」
「行って来ますね、皆。きっと元気になって来るわ」
ひなぎくは手を振りながら歩いて出て行った。
「お、おう」
「行ってらっしゃい!」
「気を付けて」
「僕も祈るから」
「私達も待っています」
ぴぎ。
子ども達にも送り出され、あっと言う間にひなぎくの手術となった。
俺は、待っていた。
そりゃあ、勿論――。
笑顔満開のひなぎくしかいない。
間違っても何かがあるだなんて、思わないことだ。
あれで、度胸もある方だからな。
何とかなるだろう。
「おい、今何時だ」
「そればっかり言って。大丈夫よ」
いいじゃないか、蓮花。
「おい、今何時何分だ」
「お父さん、さっきから三分後です」
そうですかー。
和め。
「落ち着こうね」
はいはい、劉樹。
「おい、そろそろ終わるだろう」
「見に行ってもいいの?」
「私も行く」
仲良し双子ちゃんだな。
「虹花、澄花、悪かった。ここにいてくれ」
ぴぎゃー。
「おむつかな。俺がやるから、お前達は静かにしていなさい」
俺がうるさいのかも知れないな。
ぴぴぴ。
う、ぴ……。
シャー。
「はは、気持ちよかったかあ。パパのお顔はトイレじゃないぞー」
ドアがノックされ、ガラガラと音がした。
外したおむつを丸めながら、俺は振り向く。
あれは、あれは……。
「ただいま」
笑顔満開だ!
よかった。
ああ、よかった……。
くそう、アラフィフ黒樹、不覚にも胸に込み上げるものがある。
「スリッパ、脱がせ難いって、看護師さんが仰っていたわ」
「それか!」
帰宅後、ひなぎくは、友達と会うのもとても楽しそうにして、眠りについた。
もしかしたら、万が一のこともあって、名前だけでも俺に紹介したかったのかも知れんな。
気配りの足りない者で、すまなかったなあ……。