不運って人から判断力を奪うよな その3
「俺に聞かないでくれる?もうこれはさっきみたいに横歩きで行くしかないだろ」
「やっぱそれしかないのか……後これ絶対傍から見たらギャグ以外の何物でもないだろ、どうすんだ途中で誰か入ってきたら」
「まさかそんな、常日頃から徳を積み続けてるこのハイパー聖人君子である空島青仁くんに限ってそんなこと、あるはずがな」
脱衣所につながる通路から、足音が聞こえてくる。シャワーでほかほかになったはずの二人の背筋に、冷や汗が伝う。足音に視線を向けるべきか否か、しょうもないことで悩んでいる間にも、事態は面白いほど単純に動いていく。
「いやー、誰だろうなー。ゲリラ豪雨の中走って駅に行こうとしたのは」
「しかも電車動いてなかったしね」
「だ、だってビニ傘代がもったいないじゃん!あと電車についてはごめんってさっき言ったよ〜」
「まあまあ、こうしてお風呂であったまろってことになったんだし別に良くない?」
「このメンツでこういうのしたことないもんね〜」
見事、二人の経緯とほとんど同じ理由により銭湯にやって来たと思わしき女子高生の集団の登場によって、フラグは回収された。
こうして『合法的に女子と一緒にお風呂〜ただし自分も女子〜』の真のエディションは開始されたのであった……と、いい感じに次回に続いてもらいたい所だが、残念ながら現実に次回予告は存在していない。全ては直近に続いていく。
「どっどどどどどどどうすればばばばああああああああむぐっ」
先に行動を起こしたのは青仁だった。もはやお決まりの通り状態異常:発狂に陥った奴は、悲鳴を上げながら梅吉の元へと駆け寄ってくる。
かろうじて手ぬぐいで局部を隠しただけに過ぎない美少女がこちらに縋り付いてくる、という中々に美味しいシチュエーションながらも、残念ながらそれを堪能している暇はない。奴の口元を押さえ込みながら、梅吉は口を開く。
「……ど、どうすればも何も、いつまでも洗い場で固まってても何してんだこいつ感あるし、湯船に入るしかないだろ。こう、肩までゆっくり浸かればまだ」
自分で言っていて何がまだなのか全くわからないが、女の子の入浴シーンは見たいが自分の入浴シーンは見られたくない、という都合が良すぎる願望に身を焼かれている二人にはこれが最適解であろう。多分、おそらく、きっと。
というか眼前にタオル一枚に覆われただけの巨乳と太ももがある時点でまともな思考ができるわけがないだろう。できたらきっとそいつは男じゃないか緑だ。
「むぐぐぐぐぐ……ぷはっ、た、たしかに……?!よしやろう、今すぐやろう」
「馬鹿!走ろうとするんじゃねえ、忘れたのかここ風呂場だぞ絶対滑るわ!てか突然動き出すのも大分不自然だっつーの。ここはこう、慎重かつ大胆に、急ぎ足程度で……!」
「そっそそそっそうだな!!!!!」
残念ながら二人とも正気を保っていないので、双方言っていることが滅茶苦茶だろうとも、訂正が入ることはない。
意識的に声を抑えて騒ぎながら、二人はギクシャクとした動きで立ち上がり、オブラートに包み表現するならば奇妙な動きで、オブラートなしで表現するならばキショい動きでかさかさと動き、大して洗い場から離れていない浴槽へと体を沈めた。
「……やったか?!」
「おいバカやめろ、それボス戦で油断する主人公陣営以外の何物でもないから」
「その理論で行くと俺らにとってのボス戦はVS女子高生ってことになるからやめようぜ?これ以上不要なダメージ負いたくない」
「それもそうだな。オレらもう十分苦しんだもんな……」
首から少し上を残して湯船に浸かる、という字面だけならばリラックスという言葉を体現したかのような状態である筈なのに、梅吉の心臓はバクバクしっぱなしである。むしろ一仕事終えて興奮がおさまらない、と表現した方が正しいかもしれない。
ひとまず安置についた為、不審に思われていないだろうか、と首だけを動かして女子高生の集団の様子を伺う。どうやら彼女たちは仲間内で固まっておしゃべりに夢中なようで、こちらの珍妙な行動には全く気づいていなかった。ここで梅吉はほ、と胸を撫で下ろそうとしたのだが──
忘れてはいけない。今目の前には首から上しか湯船から顔を出していないとはいえ、青仁がいるのである。中身についてはアレなので言及しない方針で行かせてもらうが、ビジュアルだけで言えば「お風呂であったまってちょっと火照った美少女の入浴シーンなのである。
そしてそれは、梅吉も同じだ。
「──目潰しッ!」
「なんでぇ?!」
びしゃり、と手でお湯をかきあげて隙を突く。跳ねた飛沫に反射で目を閉じた青仁の体を、まじまじと観察する。
ほどよくあかく染まった白い肌、透明度の高いお湯にぷかりと浮かぶ柔らかな乳房。水面の下で揺らめく細い腰と脚。嗚呼──これを眼福と呼ばず、なんと言うのか。最高だ。良いものが見れた。
……まあ正直、分かってはいるのだ。こんなことをしている不純な関係性が、友情とは到底呼べないことは。夏休みのあの日に、知ってしまったから。それでも劣情というものはどうしたって存在していて、ついでに言えば欲を言えば堪えられる程、梅吉は人間ができていないのだ。
だがしかし、この辺りの諸々については青仁は梅吉より大分早く自覚していた訳だが。つまり青仁は、全てを理解した上で梅吉を拒まなかったのである。
ならば良い、と思ったのだ。恋人っていう体なら好き勝手できるんじゃね?というバカ丸出しの提案に乗って、やりたい放題やったとしても、青仁の方はそれを友情として捉えてくれるのだろう?なら、良い。それで梅吉の目的は達成される。どれだけ第三者から見て歪だろうとも、お互いがこれを「友情」と認識していれば良いのだ。
どうせもう手遅れなのだ、自己認識、なんてあやふやなものにでも縋らないとやっていけないさ。
「唐突に目潰ししてくるとか昨今のラノベじゃヒロインすらやらな、ま、まさかお前、俺の隙を突いて……?!さっきまでお互い特殊なプレイみたいになりたくないから見ないって話だっただろ?!貴様、協定を破りやがったな……?!」
「冷静に考えて美少女と混浴とか普通にないシチュエーションだから見なくちゃ男が廃るなって思った。最高だった」
「うるせえやり切った感だして背中向けてんじゃねえよ!あと何回この件やれば済むんだとっくの昔に男は廃ってるっての!」
やっとこさ気がついたらしいアホがもっともらしいことを言うのを、奴に背を向けた梅吉はすん、とした顔で聞いていた。別に梅吉は優しくないので、奴にもその機会をあげようとは全く思わない。むしろご馳走様でした、としか続ける言葉はない。そう、思っていたのだが。
「……いや、背中だけでも美少女と一緒に風呂入ってるっていうシチュには変わりねえし、むしろ良いのでは?」
「は?」
青仁が最悪の発言をし始めた為、悠長なことは言っていられなくなった。
「ふーむ……うん。大丈夫。イケる」
「おい待てなんだその不穏な言葉は!!!何を!!!どう!!!イケるんだ!!!!!」
「嫌だなあ、お前だって男ならわかるだろ?……あっそっかあ梅吉お前女の子になっちゃったもんね、無理か」
「無理じゃねえよ今一瞬で理解したわ首洗って待ってろ!」
考えてみれば、見えてようが見えてなかろうが、ほんのちょっとでも身体パーツが視界に映り込んだ時点でそういう意味では終わりなのだ。誰だってそうする。梅吉だってそうする。
だがそれはそれ、これはこれである。今頃したり顔で笑っているであろう青仁に一発仕返しをキメないと気が済まない。
「風呂場で騒ぐなよ、他人に迷惑だぜ?今ここには俺ら以外にも人がいるんだからな?」
「っか〜ムカつくわ〜その余裕ぶったツラに一発叩き込んだら気持ちよさそうだよな〜……ん?てか待てよ、まだ女子高生ズがいるってこと……は……」
「えっ何お前どうし、あっ」
そう、すっかり忘れていたが、ここには二人以外に女子高生の集団もいるのである。こちらと同じように仲間内で楽しそうに話していたので、特段認識はされていないだろうが。二人がやり合っていた間に、彼女たちが体を洗い終えていたって何もおかしくはないのだ。つまり。
「……熱っ!」
「そりゃあ一気に行ったらそうなるっしょ。ほらゆっくりゆっくり〜」
「夏なんだからもうちょっと温度低くても良くない?」
「こういうの行く人はあっついのが好きなんじゃね?」
『合法的に女子と一緒にお風呂〜ただし自分も女子〜☆season2☆』の開幕である。二人は全力で女子高生たちをさりげなくガン見しつつ、自分達の体を腕で申し訳程度に隠す。女子高生の姿をした不審者が出来上がった瞬間であった。
ちなみにこの後普通に出るタイミングを見失ってのぼせた為、銭湯の休憩スペースで牛乳瓶片手に転がる美少女というアレな光景が生まれたとかなんとか。




