不運って人から判断力を奪うよな その2
「ま、まっまままままあまあまあ!つ、つまりはあれだろ?合法的に女湯に入れるってことだろ?うんほら、男のロマンだな!良いんじゃないか?!」
「〜ただし女子に全裸の自分(美少女のすがた)を見られるものとする〜」
「なんで数分前のオレは自から性癖ひん曲がってるとしか思えない露出プレイを提案したんだ?ていうかなんでオレら銭湯行くだけで特殊な露出プレイする羽目になってんだ?」
法に問われることなくシャングリラに踏み込める、嗚呼なんとも夢のある話だろう!だがその実態は単なる特殊な露出プレイだ。この世に真のシャングリラがある訳がないだろう、と脳内で昨今異世界に日本人を転生させがちな神に指差して笑われたので、真心を込めて右ストレートをお見舞いした。
無論、その手の羞恥心を受け入れられるものや、それこそが興奮対象の一つになるタイプの極まった変態にとっては大したデメリットではないのだろう。だが梅吉はそこまで割り切れる訳がない、どこにでもいる普通の『近所に住んでるえっちなおねーさん概念』を性癖とする男子高校生(概念)でしかないのだ。
ちなみにここまで「露出プレイの時点で十分特殊では?」という至極真っ当なツッコミはどちらからも出てこなかった。
「わからん。多分この世の摂理的な何かが俺らが知らない間に狂ったんだよ」
「マジかよ終わってんなこの世界!いや狂ってんのは当たり前か、オレが女の子になっても女子の友達ができてない時点でこの世界シンプルにカスだしな!」
「橙田さんはカウントしないの?」
「あれって友達って言っていいの?ていうか女子と友達になるには何をしたら友達ってことになるの?そもそも友達って何?オレ5ちゃいだからわかんないや」
「俺らってどうしてこんなになるまで放置されちゃったんだろうな。日本政府の怠慢では?」
哲学的な五歳児と成り果てた非モテの末路を眺めながら、青仁が適当なことを言う。なおどちらの目も死にきっているものとする。濡れ透け状態で妙に大規模なスケールで小規模な事を語り合うJK二人組、という奇怪にも程がある光景が繰り広げられていたが、今の二人にそれを気にする余裕はなかった。
だが、それも長くは続かない。
「へくちっ」
「くしゅんっ」
どちらともなく、くしゃみをする。ぶるりと反射的に体を震わせて、濡れた布が肌に張り付く不快感を二人は思い出した。濡れ透けと言えばテンプレエロシチュヤッター!的な感じでナニとは言わないが行為になだれ込むものだが、現実では適切な対応を取らなければ普通に風邪をひくだけである。嗚呼、現実とはなんと浪漫に欠ける退屈なものか!
「……」
「……」
ついでに言えば。今までのやり取りは全て銭湯内の下駄箱で行われているものである。
流石にここまで盛大に騒いでいると、そろそろ受付の方の視線が痛くなってきていた。例えここまでやり合っていなくとも、濡れ鼠の人間が二人下駄箱に留まっている時点で、十分銭湯にとってはご迷惑と言える。
バツが悪そうに視線を合わせた二人は、無言で靴を脱ぎ、下駄箱にしまう。
「あっすみませーん、大人二人でー……」
「……あ、はい、タオルも一式セットで」
そしてそのまま、外行きの対応で受付を済ませたのだった。
無論この後、豪雨故か他に客が見当たらない脱衣所にてまた一悶着あった。
「え、つまり俺今これから合法的にドタイプの美少女とお風呂に入れるってコト……?!」
青仁が欲望百パーセントの気づきを得て、全力で梅吉を脱がしにかかったり。
「その場合、お前もオレに入浴シーンを視姦される訳になるんだが?……ゔっ」
「自分で言っておいてダメージ受けてるとか馬鹿なんじゃね……うがあああああああ!!!!!」
性欲に実直すぎるアホから逃れる為に梅吉が自爆スイッチを押したり。
「あ、だめだ寒い。騒いでる場合じゃない。早く風呂入ろうぜ」
「こっこここここの状況でぇ?!」
「……せ、背中合わせになって、こう、カニ歩きみたいな感じで歩けば、行けるんじゃねえかな(?)多分。直接は見えないし」
「ギャグ漫画か?」
まあ、結局寒さというスリップダメージにより、両者共に不埒な思惑の代わりに真っ当な羞恥心を優先し、当初の予定通り入浴を優先することになったのだが。
「……よし、準備できたな?」
梅吉の背後で衣擦れの音を響かせていた青仁に問いかける。正直音と妄想だけで気が狂いそうだったが、どうにかこうにか劣情を抑え込んだ。現実問題、こんなところで劣情を暴発させたらただの変態以外の何者でもないし。
何より、自ら友情を破壊するような真似は避けたかった。もう友情とは呼べない何かと化していることに気がついていても、そういうことにしておくと梅吉は決めたのだから。
「手ぬぐいって布面積少なすぎない?バスタオル持ち込んだ方が良いのでは?」
「それ湯船浸かってる間どこに置いとくんだよ」
「……折りたたんで頭に巻き付けるとか?」
「マリー・アントワネット状態になるし絶対ミスってどこかで落とすからやめろ」
それに、この通り背後にいるビジュアルだけ百点満点のアホは、そのビジュアルを台無しにすることに非常に長けている。油断しなければ大丈夫だろう、多分。
というか普通に、今からやろうとしていることはラブコメのコメ成分ではなくギャグ分類だろうから、ラブが介入する隙はない、はずだ(フラグ)。
「あー、なんだっけ。パンがなければケーキを食べれば良いじゃないの人?うん、なんかいた気がする」
「世界史の中でも相当有名に入る方の人名忘れてるとか……お前、大丈夫か?」
「なんで俺全裸のまま頭の出来を心配されてるんだ?」
「貴様を現実に引き戻し罪で逮捕する。……行くぞ」
「お、おう」
唐突に全裸とか、とにかくそういうワードを出さないでほしい。現実をしっかりと意識してしまうじゃないか。だがいつまでも脱衣所に留まっているわけにはいかない、と梅吉は一歩、足を踏み出した。
ちなみに二人とも進行方向に垂直になるように背中合わせで立っている為、足を踏み出す際の絵面は完全にカニ歩きである。布面積が明らかに足りていない手ぬぐいで必死に局部を隠す、というビジュアルの持つ色香を完全に破壊しうる可能性を持った、大番狂せのカードであった。
「……」
「……」
無言で歩き続ければ、そのうち素足が濡れたタイルを踏んだ。そう、浴室にたどり着いたのである。生ぬるい空気が肌に触れ、冷えた体が少しだけ温まった。
「……よし、青仁。お前はそっち側の洗い場を使え。オレは今自分が見えてる方を使うからよ」
特殊プレイを発生させない為の、お互いにお互いを見ない、という協定を守りつつできる範囲で首を回して、状況を把握しながら言う。どうやらこの銭湯は、脱衣所から見て手前両脇に洗い場があり、その奥に浴槽が配置されている、という構造のようだった。なんとも都合が良い、思う存分利用させていただこう。
「せんせー、気配だけでどうにかなりそうなんですけどどうすりゃいいんですかー?」
「先生もどうにかなりそうなんで気合いで耐えてください、それぐらいできるでしょ、童貞なんだから」
「は?そこで操を守り続けてぼちぼち十七年なこと刺してくんのは違くないか???」
「童貞ってことはつまり据え膳を食えなかったもしくは据え膳にありつけなかったってことなんだから耐えられるだろ、ファイトー」
「お前もしかして自爆がマイブームだったりする?!?!」
ふざけたことを言ってきた青仁を黙らせる。なお別に梅吉だって好きで自爆している訳ではない。自らも受けるダメージを自覚しているからこそ、取りまわしやすい武器であるというだけである。まあ諸刃の剣であることには変わりないので、普通に辛いのだが。
そんなことを考えつつも、梅吉は手近な洗い場へと近寄る。脱衣所と同じように、浴室にもぱっと見二人以外の人はいなかった。これならば、多少は騒いでも問題はないだろう。
しばらくして、シャワーの水音だけが響き始める。自分以外を発生源とする水音が聞こえてくる、それだけで十分に非日常というスパイスは機能しているというのに。発生源のことを思うと気が気ではない。水音だけだと大したことはないのに、背後関係が補強されるだけで、どうしてこんなにも背徳感あふれる代物になってしまうのだろうか。
全てを誤魔化すために、自分のシャワーを強める。ざー、という聞き慣れた音で、全てをかき消してしまいたかった。
「うっわやっべシャンプー目に入った」
「ディティール加えるのマジでやめてもらえるか?!?!」
まあ現実は梅吉のことを敵だと認識しているらしいので、こうして何げない発言という形で美少女(中身は以下略)と共に入浴しているというシチュエーションは強調されていく一方なのだが。
「えぇ……なんで俺自分のミスをボヤいただけで怒られてんの……?」
「お前の見た目がそんなんだからだろ?!?!やめろよオレ今必死に煩悩を消してんのに!!!!!」
「普通に美少女が俺とか言ってるだけで萎えるだろ」
「たかがその程度で萎えれたら苦労しねえんだけど!!!!!」
その程度の残念成分で萎えることができたらどれほど良かったことか。こちとら末期症状を呈して久しいのである。下手な事を言わないでくれ、余計に傷口が開くだけなんだ。
「……ふ、ふーん。そっかー、そうなんだなあ……」
「おいなんだその意味深な間は」
だというのに、何故か返ってきた言葉は曖昧なものだけだった。何がそうなんだ、なのか。さっぱり意味がわからないのだが。まあ、青仁の考えなんて察しようとするだけ無駄か、と梅吉は改めて心を無にすることに努めた。
実のところ、青仁は「俺が特に取り繕ってなくてもいけるんだ……へぇ……」と、ニチャアという効果音をつけても全く問題がないタイプの笑みを浮かべていたのだが、お互いがお互いに背を向けているという状況故に、気がつかれることはなかった。
「なんでもないなんでもない。ていうか色々抜きにして、誰かと一緒に風呂に入るのってなかなか無いよな。こう、裸の付き合い?的なやつ」
「まあたしかに去年の宿泊学習以来だな。あの時は特に何も思わなかったけど」
「後が詰まってるからはよ上がれ、としか言われないもんなあ、ああいうの」
誰もいないことのだから、と遠慮なく声を反響させて、適当な会話を続けていく。考えてみれば不思議である、一年前は共に入浴することになんとも思わなかった相手に、こうして感情を揺さぶられているのだから。やっぱり性転換病、世間が思ってる以上にトンデモ病では?
「あれなんであんな時間タイトなんだろうなあ。もうちょっとゆっくりさせてくれたって良いだろってずっと思ってんだけど」
「認めたくないけど、俺らに風呂場っていう非日常で時間与えたらろくなことしねえからじゃねえかなあ。覗きとか」
「それは漫画の読みすぎだろ。大体ああいうのって露天風呂かつ壁一枚隔てて女風呂ってシチュエーションだろ?たかが学校の泊まりがけの行事で、そんな素敵なものがある旅館なんぞ泊まらせてもら……いや待て、去年の宿泊学習は露天、あったような……?」
野郎の入浴シーンなんぞに割ける記憶容量を梅吉は持ち合わせていないので、ごみ箱からサルベージしてくるのに時間がかかってしまったが、たしかに露天風呂、らしきものはあった気がする。だが入った記憶はない。
「あったけど使用禁止だった」
「もしかして前科あったりする?うちの学校の男子」
「いやたしか、露天風呂まで入ってる時間ねえんだよって教師に追い出された」
「カスじゃん」
てっきり先人が何かをやらかしたのではとヒヤヒヤしたが、ただ教師が無慈悲なだけだった。こんなことを言っておいて、自分たちはちゃっかり堪能していそうな辺りが癪に触るが、今そんなことを話したって何も始まらないだろう。
ところで、こうしてそれなりに会話の応酬を繰り広げてきたわけだが。
「……で、お前もう洗い終わってるよな?ここからどうやって湯船に移動する訳?」
この後どうするのか、全く決まっていないままに一通り洗い終えてしまっていた。




