不運って人から判断力を奪うよな その1
説明しよう!梅吉と青仁は持ち前の慢心が仇となり、帰宅中に雨具ゼロで盛大にゲリラ豪雨にぶち当たっていた!
「うっぎゃアアアアアアアアアアアア!!!」
「ヤバイヤバイヤバイてかヤバすぎてちょっと笑えてきたわ!!!」
スマホやらノートやら、水没したら目も当てられない物がたっぷり詰め込まれた鞄を体の中心に抱え込むような体勢で、梅吉と青仁は駅へと続く道を駆けていく。ほんのちょっとの非日常由来のテンションのせいか、見落としてしまった水溜りを見事に踏み抜いて、びしゃりと雨が飛び散ってローファーに跳ねるのも気にせずに、濡れたアスファルトに蹴りあげる。
「いやたしかにわかるけども!ここまでびしょ濡れになりながら走ることってなかなかないし?!てかなんなら小学生の頃以来かもしんねえわ!」
「あーわかるわかる、雨にはしゃいで馬鹿騒ぎしながらチンタラ帰ってたら、教科書が濡れてめっちゃ質量増えて嵩張るあれな!え、なんで俺らそれ知ってるのに雨宿りせず走ってんの?!」
「コンビニまで戻るぐらいなら駅まで走った方が早い距離だったからじゃねえかな!!!」
「なんかタイミングクッソ悪かったよな!あとちょっと別の場所にいたらここまで酷い目に遭ってない気がする!」
何故雨宿りをしたり傘を調達したり等の文明的な行動をしていないのかといえば、この通り降り始めた位置が絶妙に微妙だったせいである。
まあ仮に傘を調達できていたとしても、ゲリラ豪雨のオプションとして強風も吹いているせいで、秒で壊れるだけな気がした、というのもあるが。実際先程からひっくり返った傘をどうにか元に戻そうとしている人や、傘の成れの果てと思わしき何かを怒りのままに地面に叩きつける人などを度々目撃しているので、その判断は間違っていなかったようだし。
「ぜえ……よーしここであそこの交差点通り過ぎたら駅!屋根!」
「……ねえ梅吉、なんかちょっとこれヤバそうじゃない?」
「まだだ、まだいける」
「いやこれ明らかにやば……いや悪い予感ってするだけ無駄だからな!い、いけるってことにしておこうぜ……」
判断通り、女子としてはそれなりに足の早い方に入る二人がある程度の速度で走れば、すぐに駅の近くまで辿り着く。だが、見慣れた駅の様子は、遠目からわかる程度にも明らかにおかしかった。
具体的に言うと、妙に人だかりができている。ついでに言えば、その人だかりの大半は見慣れた二人の高校の学生服姿で、もう半分は近隣の他校のものだった。この時点で半分ぐらい答えが出ていた気がしたが、二人は必死に現実から目を逸らし続ける。
だが、現実はいつだって二人に優しくない。不幸とは一度始まると上手な人のテ◯リス並みに連鎖して行くものである。
「あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!止まりやがった!!!朝は!!!全然止まんないくせに!!!!!ただちょっと架線に障害物がストライクしたからって止まんじゃねえよ意気地なしが!!!根性出せ!!!もっと熱くなれよォォォォォォオオオオオオオ!!!!!」
「うんてんさいかいじこくみてい……あっだめだあおわったあ」
改札前に堂々と鎮座するホワイトボードには「上下線で運転を見合わせております。運転再開の目処はたっておりません」とシンプルな絶望が記述されていた。梅吉は盛大に叫びながら膝から崩れ落ち。その横で青仁も目からハイライトを消してうわごとを呟く。
傍目から見たら濡れ鼠のまま絶叫する美少女と濡れ鼠かつレイプ目オプション付き美少女という最悪の絵面であり、そのせいか死ぬほど衆目を集めていた気がするが、残念ながら体裁に目を向ける気力は二人には残っていなかった。
そのままひとしきり絶望に打ちひしがれていたのだが。雨のせいで濡れて肌に張り付く制服と、ゲリラ豪雨由来の夏にしては冷たい強風が、二人にそれを許してはくれなかった。
濡れた服というものは、ひどく効率的に人間から体温を奪っていく物なのだ。更に言えば二人は傘という文明的手段の入手を即刻諦めてしまったせいで、頭からつま先まで見事に濡れている。
「あだめだクソ寒いわ。これなんか対処法考えないと死ぬ」
「雨舐めてた」
無事二人は夏に見合わない寒さによって、正気を取り戻したのであった。
「でも対処っつっても。現状オレら帰宅手段すらない訳だが」
「あー……いやでもタクシーが……うん無理だあの行列は。並んでるうちに凍え死ぬわ」
既にロータリーのタクシー乗り場は人でごった返している。今更あそこに突撃したところで、どうにかなるとは思えない。ここは雨宿りをする場所がかなり限られる、特に何もないタイプの駅なので、電車が動く気配がないとなれば、こうなるのは必然ではある。一歩出遅れた、と言わざるを得ない。
「青仁。お前のとこって誰か迎えに来れたりする?」
「多分オカンは家にいるけど免許持ってないから無理。あと親父は普通に仕事中。逆にお前のとこはどうなの?お姉さんとか」
「あいつペーパーだし、それを抜きにしても今日どっか出かけるようなこと言ってたから、多分オレらと同じで家に帰れてないと思う」
高校生的にとりうる手段として、家族の車による迎えという手段を提案するものの、お互いに芳しい結果は得られなかった。
「……詰んでね?」
「お前こういう時だけ率直に現実を指摘するの最悪だからやめたほうがいいと思うよ」
「現実見るだけで罵倒されるとかこの世終わってんな……さむっ」
言葉にしたところで絶望が濃くなるだけなのだ、そんなはっきり口にする必要なんてない。だがそんなくだらないことを言い合っている間にも、刻一刻と濡れた制服は二人の身体から体温を奪っていく。ぶるり、と青仁が自らの体を抱きしめて震えた。
……というか、男子高校生(自称)としてあるまじき事に、梅吉は今更気がついたのだが。
もしや今の自分たちは、濡れ透けとかいう男子のロマン全開の状態なのでは?もしかしなくても先程から突き刺さっている視線は、あらぬところが濡れ透けでえっちな感じになっているからなのでは?
「……」
無言で自らの身体を見下ろす。梅吉が現在着用している制服は、スカートを含めその大部分がチャコールグレイの布地で作られている為、特段透けてはいなかった。だが水を吸った布が太ももに張り付き、女性的な曲線美を体現するボディラインはひどく明確なものとなっている。太ももを伝う水滴も相まって、それらは中々の破壊力を生み出していた。
そして問題の、制服の基礎となる白いシャツが露出する部分。濡れ透けモノとしてはもう百点満点をあげて良いぐらい見事に桃色のブラジャーが透けて見えていて──か、と頬が熱くなると同時に。
「え、なんだこいつ。突然下向いたかと思えば、全方位威嚇し始めたんだけど。なんかあ、っ…………」
青仁も似たような状態になっている事に気がつき、瞬時には?見てんじゃねえよエロい青仁を見ていいのはオレだけが?モードに突入した。なお透けたシャツの向こうに見えた青仁のブラジャーは繊細なレースに彩られた黒色である。最高。
「……」
しかし、梅吉にとってご褒美に等しい状態の青仁を衆目に晒しておくわけにはいかない。早急に対処せねば、と梅吉の脳みそがかつてないほど高速回転する。そして──
駅構内に掲示されたとある広告が、梅吉の目に入る。それなりの写真とお世辞にもオシャレとは言えないゴシック体で「駅近徒歩三分!」を堂々謳うそれを認識し、言った。
「よし、銭湯行くぞ」
「は?」
そうだ、行ったことはないがこの駅の近くには銭湯があるのだった。そこに行けば濡れ透け状態の青仁を衆目に晒さずに済むし、何より体を温めることが可能だろう。更に今思い出したが、本日は体育があったので、二人ともカバンの中に押し込んでいる、それに着替えれば濡れ透け問題についても当面問題ないだろう。帰路を思うと若干複雑だが、この際背に腹は変えられまい。
そう結論づけた梅吉は善は急げ、と青仁の腕を掴み、ガツガツと歩き出した。
「な、なんで急に銭湯?ま、マジで行くの?冗談じゃなく?」
「はあ?マジに決まってんだろ。何よくわかんねえとこで疑ってんだ」
「いや……」
青仁が気まずげに目をそらそうとして、一瞬梅吉の胸部に目が吸い寄せられたものの、今度こそ本当に別の方へと向く。そしてそのまま、なんとも形容し難い曖昧な表情を浮かべて。
「……行くか行かないかは別にしてさ、とりあえず一個言っていい?お前あの広告見て銭湯行こうって思ったんだよな」
「?うん」
むしろそれ以外に何があると言うのか。何故そんな簡単なことを聞き返すのだ、もしやこいつはアホなのか、いやアホだったな、といつも通り己を棚上げした思考を繰り広げていると。
「どう考えてもあれ、南口って書いてあるよな。お前が今行こうとしてるの、北口なんだけど」
「……」
悲しすぎる正論に、ふ、と梅吉は若干ビジュアルに沿った儚げな笑みを浮かべて。
「……青仁。その慧眼を見込んで、お前に頼みがある」
「お前さ、ちょっとは自分で頑張ろうとか思わない訳?」
いつも通り、鮮やかに道案内を青仁に丸投げしたのであった。
梅吉は基本的に初めて行く場所に誰かと一緒に行く場合、同行者に全てを丸投げする方針で生きている。今のところ自分より『下』には会ったことがないので、特段困ったことはない。あまりにも己が極まった『下』すぎて会ったことがないという可能性もなくはないが、見なかったことにしている。
「え、無理。それができたら苦労しない。てか自分がどっち向いてるかとか普通にわかんなくね?むしろわかる方がおかしいのでは?」
「だめだこいつ」
それに、青仁は梅吉の方向音痴具合に慣れているので別に良いだろう、ちょっとぐらい丸投げしたって壊れるような柔な関係を築いた覚えはない。と、親しさゆえの雑さを見せつけたのであった。
──そうして、梅吉は自覚なき嫉妬に駆られていたが故に、豪雨の中、またもや全力疾走で銭湯に辿り着くまで気が付かなかったのである。すなわち。
「……ん?銭湯?SENTO……?セントウ?おんなゆ?ladies…………?」
「やっと気づいたのかよ?!?!だから言ったじゃん冗談じゃねえのかって!!!!!」
今の自分が銭湯に入る場合、問答無用で女湯にぶち込まれるというシンプルな現実を!




