初めてがこんな遅くて良いのかよ その3
「……そっか。あたしてっきり、気づいてないだけでなんかしちゃったのかなって思っちゃったから」
「いやそんなことないから!悪いのはあいつ!橙田さん一切!全く!これっぽっちも!悪くない!」
「う、うん」
罪のない純粋な女の子に罪悪感なぞ抱かせてはいけない、悪いのは対女子コミュ力が地の底通り越してマントルまで突入している青仁である。なお、奴に対する恨みが強すぎて逆に引かれてしまった気がするが、きっと気のせいである。
「赤山ちゃんは、空島ちゃんと仲良しなの?」
「……た、多分?つ、つつ付き合い長いし」
梅ちゃんと呼ばれるよりかはマシだと提案してみたものの、耳慣れない呼び名であることは変わりないので、背筋がぞわりとする。それでも会話を継続させなくては、と言葉を繋げていく。
「……その、青、伊は。まあ、なんかこんな感じで大分おかしいけど。わ、悪いやつでは、ない……はず、だから」
「はずって。お友達なら、言い切ってあげなよ」
橙田の世界ではそうなのかもしれないが、あいにく梅吉の友人と呼べる相手はもれなく「悪いやつではな……いや性根腐ってるかも……お互い軽率に裏切るかも……」的な方向性である。基本的にポジティブな評価をしようとすると、高確率で口ごもる羽目になる。
「そう、かな……」
「そうだよ!……ん、あれ?なんか、変な音しない?」
「あー……」
梅吉が複雑な感情を抱いていると、橙田が廊下の先を見やりながら首をかしげていた。
確かに彼女の視線の先からは、どたどたと中々の圧が伴った音が聞こえてきていた。それこそ、ものすごい質量を持つ存在が、集団で移動しているかのような、中々耳にすることがない音。だが残念ながら梅吉には、この音に心当たりがある。
「い、や。多分気にしなくていい、から……まあでも、かち合っても面倒だし。迂回す……あー、間に合わないな、これ」
その一、先程担任が述べていたように、夏休み明けには確認テストが存在している。
その二、確認テストは規定の点数を満たさないと、補習後再テストになる。
その三、それらは放課後、部活動の時間を使って行われる。
「赤山と空島!お前ら一茶と仲良いよな?あいつ見てない?!一茶の野郎、確認テストのかの字を出した段階で即座に消えやがったんだよ!」
すなわち、テスト勉強から逃走する一茶を追いかける柔道部の皆さんだ。やはり、ガタイの良い強面達が廊下を全力疾走していく姿は圧巻である。その強面の一団のうち一人、梅吉と青仁が去年同じクラスだった柔道部の男が、代表として話しかけて来る。
「少なくとも一階では見てないな。まあでも流石に校内にはいるんじゃない?一応下駄箱確認したほうがいい気もするけど」
「お……私らから電話しても良いけど、多分あいつ逃げるだけだぞ」
「だよなあ。ちなみに行きそうな場所とか心当たりない?」
「えっなんだろ。女子オンリーの部活の活動場所とか?でもそういうのってお前らの方が詳しいでしょ」
「あとは女子だけでキャッキャしてる空き教室とか?今んとこ見かけてないけど」
「キショすぎる情報提供ありがとう。やっぱそんな感じか、ちょっと探しに行ってくるわ〜」
なんて事のない、よくあるやり取りだった。なんなら一年生の時から同じようなことを繰り返している。
ちなみに以前犯人に何故部活から逃げるのかと問いかけたところ「スポーツ推薦の為に続けているだけで柔道自体は嫌いだから」という部活の皆様方には聞かせられない事を言っていた。それでいいのか。
「あいつらも大変だな。ていうか生き返ったのか、お前」
「いやお……私実は人間だから時間経過で復活するんだ」
「へーそうなのか。てっきり蘇生機能ごと逝ったのかと思ったわ」
「そこまで軟弱じゃねえよ。多分」
「そこで多分ってついちゃうからダメなんだよなあ」
梅吉も同様だが、やはり取り繕いを咄嗟に発動するのは難しい。外出先で店員など、関係性の継続がない初対面相手へ対してならばまだ見れる出来だが、それ以外はこの通りである。まあ心中で言い訳を並べ立てたところで、この先慣れていかなくちゃいけないという現実は変わらないのだ、とぼんやり考えていると。
「……あ、あの!赤山ちゃん!空島ちゃん!」
「ヒョアッ」
「キョ゜ッ」
完全に存在ごと忘れていた橙田が突然話しかけてきた為、二人揃って間抜けな悲鳴をあげた。
「どっどどどどうしたったたたたた」
「おい青ひ……青伊!バグるなバグるな正気に戻れ!さっきっからお前傍から見たら完全にただの不審者だから!……あ〜橙田さん、その、どうしたの?」
そしてそのままシームレスにバグっていく青仁をどうにかこうにか抑え込む。我ながら不格好な取り繕いを付け加え、どうにかやり過ごそうとする。
しかし、梅吉の小細工は無用だったらしい。橙田は青仁の挙動のおかしさに目もくれず、意を決したように叫んだ。
「赤山ちゃんと空島ちゃんって、普通に男子とお話できるんだよね?!」
「……?おう」
「……そりゃあ、まあ。あたむぐっ」
流れるように失言をポロポロしそうになったアホの口を再び塞ぎつつ、しかし梅吉自身も素で声を漏らす。一体何故そんな事を彼女は聞いて来たのだろう、と二人が思っている事に気がついたのだろう、慌てて橙田が話を続ける。
二人が気がついていなかった、もうひとつの担任の思惑を。
「ご、ごめん。急にこんなこと聞いちゃって。……あたしさ。転校前は、中学からずーっと女子校に通ってたの。そのせいで、男子のことがよくわかんなくって苦手だし、上手く話せないんだよね。だから、お父さんの転勤が決まって、転校しなくちゃ行けなくなって……この機会に、共学に入って男子とちゃんと話せるようになりたいって思……あの、赤山ちゃんも空島ちゃんも、どうしたの?」
「なんでもない。続けて」
「どうぞどうぞ」
二人は単にあの担任上手いこと面倒事を片付けやがって、つか手腕が鮮やかすぎてなんかムカつく、と行き場の無い感情に苛まれているだけである。
要は担任は、梅吉と青仁に二人の過去を知らない正真正銘の女の子を接触させ、橙田に二人という見た目はともかく中身は単なるDKに過ぎない謎キメラを接触させる、という無意味に収まりの良い事をやってのけたのだ。常に半目で授業してるくせに。
無論、二人と違って担任の思惑に気が付いていない橙田は、二人の妙に冷めた反応に不思議そうにしながらも、促されるまま口を開く。
「……赤山ちゃんも空島ちゃんも、さっき、普通に男子とお話ししてたでしょ?だから、その……あたしに、男子との話し方を教えてほしいの!」
「えっ」
「えっ」
なんか斜め上の発言がかっ飛んできた。あっけに取られる二人を他所に、橙田はあたふたと慌て始める。
「あ、も、もしかして虫が良すぎた?そうだよね、今日初めて会ったのに、こんなこと言われたってって話だよね。うーん、でもあたしができる事なんて……あっそうだ、二人ともずっと話しづらそうにしてるし、人見知り改善とか?それならあたし自信あるよ!女の子同士なら、すぐ打ち解けられるもん!」
「……」
「……」
ああ、なるほど。どうやら彼女は二人の挙動不審を人見知り由来と解釈していたらしい。
まあ、考えてみれば初対面相手に露骨に言動がぎくしゃくしていたら、普通はそのような思考に至るだろう。目の前にいるのが女子歴数ヶ月の性転換病患者、なんて珍しい可能性の方を先に思い浮かべる筈がない。
要は梅吉の取り越し苦労だった訳だが。そうなると、余計事情を説明しにくいのでは?彼女は自分から男子が苦手だ、と明言しているのだから。もしかしてそれを含めて担任はこの状況をセッティングしたのか?梅吉が知らないだけで、あいつがこの小説の黒幕なのだろうか。
「だからその、お願い!だって異性が苦手で同性としか話せないのって、この世にいる半分の人間と話せないって事と同じでしょ?そんなの寂しいもん!あたしおしゃべり大好きだし、どうせなら色んな人と話したいじゃん!」
そこで恋愛に行かずに、シンプルなコミュニケーション機会の損失として捉える純粋さが、スレてひん曲がった梅吉には眩しすぎた。外見どころか内面まで正真正銘の美少女とは恐れ入った、梅吉も青仁も、きっと死んでも彼女の境地には辿り着けない。いつまで経っても外見美少女中身アホのままだろう。
「……う、うううううめ、ど、どっどどどど」
「とりあえずお前は落ち着け」
「あ痛ぁッ?!おいちょっとは加減しろよいくらおむぐっ」
あいも変わらずバイブレーション機能を搭載しているらしい青仁にデコピンを一発打ち込む。痛みに騒ぎ始めた青仁の口を塞ぎ、梅吉は橙田に向き直った。
突然だが、男は皆可愛い女の子に弱い。
「……あー、その。本当にお……わ、わたし達で良いの?」
「むぐーっ?!」
「勿論!むしろこっちこそ良いの?って感じだもん」
つまり、可愛い女の子のお願いなんて代物を断れる訳がないのである!むしろここで断ったら男が廃るというものだ。梅吉は悪くない。青仁が何かわめいている気がするが知ったことか、梅吉はいつだって後悔のない選択をしたいだけだ。
なお、もう男は廃ってるだろというマジレスは禁句である。
「なら、その……で、できる限りお互い、が、頑張ろう。こ、これからよろしく」
しかし、やはり梅吉は今は亡きイマジナリー息子のせいで判断を早まったかもしれなかった。梅吉は、ついでに言えば青仁も知らなかったが、女子校出身の女子というものは、大抵同性同士の距離感がバグっているものである。つまり、何が起きたかと言うと。
「こっちこそよろしく〜!ありがとうね、赤山ちゃん、空島ちゃん!」
「〜〜〜〜ッ?!」
「ミぴょッ?!」
感極まった橙田に抱きつかれ、梅吉は青仁共々橙田の豊かなおっぱいに埋まった。
「……梅吉、弁解は以上か?」
「可愛い女の子の頼みを断る男なんてどこにもいない。つまりオレは悪くない。オレはお前がやらなかった分、男として正常な判断を下しただけだ。つかお前だってオレの立場だったらなんだかんだ鼻の下伸ばしながら頷いてただろ」
「知ってっか?人間何事も自分を棚上げしないと説教なんかやってらんないんだぜ」
無事……には、全く行かなかったものの。橙田への案内を終えた二人は、約束通り虚無顔でラーメン屋さんに直行していた。カウンター席に美少女が二人揃って並ぶという、少し珍しいながらも無くはない光景を生み出しながら、二人はうだうだと話し続ける。
「つかさ、俺がどうこう言う以前の問題で、橙田さんのことどうすんの?俺らの中身が実はこんなのでした〜って、いつネタばらしするわけ?」
「青仁にしては的確なこと言うじゃん」
「お前が目先の欲に突っ走ったせいで俺がまともなこと言わざるを得なくなってんだよ。つかなんだその米の量。相変わらずどうなってんだ」
「ライス無料って言われたらそりゃ盛るだろ。あとネタばらし云々は……マージでどうすりゃ良いんだろうな。詰んでね?」
れんげで山盛りのライスを掬い、ラーメンスープに浸して口元に運びながら思う。今現在二人は、担任の策略も相まって完全に橙田へ自白するタイミングを失ってしまっている。
別に、絶対に言う必要があるわけではないのだ。病歴なんて、感染リスクや配慮の必要がない限り聞かれなければ言わないものである。そういった常識の点から見れば、二人の対応は間違っていない。実際一部の性転換病患者は、自分の元の性別を隠して、新しい環境で一からやり直しているようだし。
だが二人も人間なので、それなりに罪悪感というものがある。具体的には内面まで美少女な女の子相手に汚い嘘をつき続けるのは、それなりに良心が痛むのだ。
「詰んでね?じゃねえんだよ詰ませたのはお前だ」
「どっちかってとオレじゃなくて担任のせいだろ。でもま、これで実質オレら正真正銘女子の友達ができた訳だし?ギリギリプラマイゼロでは?」
「そうかな……そうかも……」
「まあオレらそもそもあの子と真っ当にコミュニケーション取れないんだけどな!あっはっは!」
「その発言が今全てを掻っ攫ってマイナスにしやがったよ!いやマジでどーすんだこれ!」
どうすれば良いか?そんなこと梅吉だってわからない。だが、選択を後悔などしていない。無論やっとこさ降ってきた純度百パーセント女子の友達を得られる機会を逃したくない、というのもあるが。
いい加減女子相手のコミュ力をもう少しどうにかしないと、今みたいに笑い飛ばせないレベルで詰みかねないのは、紛れもない事実なのだから。流石にそれがわからない程、梅吉は馬鹿ではない。そしてこれはきっと、青仁も同じだ。
「知らん。明日は明日の風が吹く。つまり明日は明日のオレが頑張ってくれる。ヨシ!」
「だっから何もヨシ!じゃねえんだよ!」
「んなこと言うなら一番の問題は女の子と相対すると通報されても文句言えない不審者と化すお前だって言ってやっても良いんだぜ?」
「し、仕方ないだろ?!つかお前だってさっき大概だったじゃ」
「すみませーん、替え玉お願いしまーす」
なんか都合の悪い真実が聞こえた気がしたので、有能な梅吉は即座に遮った。なお本当にそろそろ替え玉が欲しかったので、嘘は言っていない。梅吉は(かつて)清廉潔白な男ので。
「……まあでも、橙田さんスキンシップ激しめの子っぽいし、仲良くできるなら役と……ひぇっ」
梅吉が店員とやり取りしている間、青仁がぽつりと呟いた言葉のせいで反射的に奴を睨んでしまったが、梅吉は(かつて)清廉潔白な男ので罪であるはずがない。悪いのは青仁である。




