初めてがこんな遅くて良いのかよ その2
「……ッ?!ちょ、お、おい魂ぶっ飛ばすな戻ってこい!」
「もう疲れたよパトラッシュ……」
「お前に連れ添ってくれる忠犬はいねえんだよ!てかんなこと言えるってことは実は結構余裕だろ?!」
ひとまず小声で青仁に話しかけながら、スキンシップに収まる範囲で全力でど突く(矛盾)。いつまでも現実逃避をかまして、面倒事を梅吉に押し付けられると思うな。お前も道連れだ。
「話聞いてただろ自己紹介!どうすんだよ?!」
「……あ?普通に名乗れ……ば………………ミ゜っ」
青仁は再びフリーズし、再起動シークエンスに突入した。脇腹をガッッと行っても動かない。そこは昭和のテレビ並みに叩いたら治るぐらいの雑さでいて欲しかった。繊細という言葉の対極で生きているくせに、こういう時だけ都合が良すぎやしないか。
青仁は使い物にならず、担任は状況を傍観し、橙田はただただこちらを案じるような視線を向けるだけで、状況は一向に進展しない。そしてついでに言えば梅吉のHPはとうの昔にレッドゾーンへと突入している。そろそろ梅吉もキャパオーバーで青仁の二の舞になってしまうのではないか、そう思っていたその時。
「なんで自己紹介すら満足にできねえんだよ。お前らそれでも高校生か?橙田、そっちで言語化し難い音声を発して停止したのが空島青伊、んでさっきから無様晒してた方が赤山梅」
「はあ?!」
「おいちょっと待てクソ教師!!!!!」
最高に最悪なタイミングで、担任が口を挟んだ。
「ちょっと待てだぁ?お前らがちんたらちんたらしてんのが悪いだろ。ほら、後は生徒同士で好き勝手やってろ。俺は職員会議行ってくるから」
「勝手に爆弾投げるだけ投げて逃げんじゃねえよ!」
「お前それでも大人か?!」
このクラスの担任は基本的に生徒に対してわかりやすい優しさを提示してくるタイプではない。むしろ思春期真っ只中のクソガキに対し、わざわざレベルを落として立ち向かってくるタイプの大人気ない大人だ。
なのでこの手の行動を行うこと自体にはなんらおかしな点がないどころか、むしろ説得力すらある所が腹立たしい。
「さっきっから口の聞き方がなってねえなあ?まあいいが。俺はただ名簿に書かれている名前を読み上げただけだ。後、今のうちに慣れておかないと、そのうち地獄見るだろ?今のうちにちょっとは慣れとけ。俺は当事者じゃねえからわからねえが、それこそお前らの方がよくわかってるだろ。じゃあな、先生は仕事してくっから」
「……」
「……」
決定的なことは何一つ言わないことで、橙田に目的を悟らせず、二人に的確に理解させてくる。
わかっている、担任の発言は徹頭徹尾正論だ。二人にとって学校が安全地帯と化しているのだって、本当にただの偶然に過ぎなくて。一般的な性転換病患者は、発症直後に二人がいずれ踏み込むであろう現実に飛び込んでいるらしいのだから。
今のうちに慣れておかないと、そのうち地獄を見る。ああ、全くその通りだろう。
まあそれにしたって急過ぎると思うが!!!!!突然転校生の美少女の相手を童貞二人に押し付けるのは控えめに言ってテロだろうがよ!!!!!
「(頭を抱えたい衝動を必死に堪えている)」
「(どうにか表面上は正気を保っている)」
的なことを、二人は目配せだけで通じ合っていた。単に同じことを考えていただけとも言う。ちなみに最後の二行が思考の九割を占めていたりする。大体衝動で生きているので。
「あの、あ、あたしなんにもわかんないんだけど。二人とも、大丈夫……?」
「ひっ?!」
「だっだだだだ大丈夫!し、心配しなくていいから!!!」
何も知らない橙田の優しさが辛い。だが、今から二人はそんな彼女に向き合わなくてはならないのである。ええいままよと腹を括って、彼女に話しかける。
クラスメイトとの女子との事務連絡とすら呼べない短い会話ではない、正真正銘のコミュニケーションを取るために。
「……と、橙田さん。と、とりあえずさ?あ、案内を〜……する、からさ。まず最初ど、どこ行って見たいとかさ?き、希望はある?」
「え?き、希望?う、う〜ん。この学校って確か、食堂がなくて、購買だけだよね?あたしお弁当派じゃないから、明日から絶対に行くし、とりあえず知っておきたいかなって」
購買とは、なんとも意外なチョイスである。が、そもそもどこから行きたい、という話題自体が無茶ぶりに近い気もするので、むしろ自分から言ってくれただけありがたいと言うべきか。
「……そ、そっか〜こ、購買ならお、わたしも使うから、うん……おい、あお……い、お前もなんか言えよ」
「ガンバレ。オウエンシテルヨ」
「お前もやるんだよ!」
ひとまず既に仕事放棄を開始している青仁をせっついて、梅吉と青仁という見飽きたコンビに橙田を加え、合計三名で購買に向かうことになった。
「……」
「……」
「……」
そういえば、梅吉はいつも購買までの道を全力疾走している故に忘れていたが、教室から購買まではそれなりの距離があるのだった。しかもそれとなく早足になったりしても、沈黙を誤魔化せないレベルである。
当たり前だが、二人の対女子会話デッキなんてはっきり言ってろくなものがない。具体的には一軍に「今日の天気について」とか「直近の衆議院選の投票率について」とかが入っているレベルの惨状である。会話をしたら不審がられてしまうので、せめてもと目だけで押しつけあいを開催しているが、どっちが勝ったところで、事故が発生することには変わりない。
「……あの、さ」
二人が静かに不毛な争いを繰り広げていると、見かねたのか空気を読んでくれたのか、単なる偶然か、橙田が話を切り出す。この時ばかりは彼女が女神に見えた。
「橙田さん、ってなんか他人行儀で寂しいし、せっかく同じクラスなんだから蜜柑で良いよ。だからさ、こっちも梅ちゃんと青伊ちゃんって呼んでい」
「ゔァッ」
「:ogcfoyifiddugkg%douflk.jl」
「ど、どうしたの?!」
かわいい女の子に女の子としての名前を、よりにもよってちゃん付けで呼ばれるという、人の心が無いにも程がある即死攻撃がかっとんできた。一瞬前の女神という人物評は即座に亡きものと化す。
だがその程度でコミュニケーションは終わらない、ここは現実、セーブして一旦落ち着くことはできないのだ。
「い、いやその……わ、わたし達、し、下の名前で呼ばれるの、な、慣れてないからさー!で、できれば苗字で呼んでほしいかなーって」
「(無言で超高速縦振りを披露する)」
先程から真っ当な言語を発していない青仁が、ここぞの言わんばかりに首を振りまくる。頼むからコミュニケーションを梅吉に押し付けず、もう少し頑張って欲しいのだが。梅吉だって青仁より二、三本毛が生えた程度のコミュ力しかないので、そのうち限界が来てしまう。
「そうなの?確かに、学校によっては名前よりも苗字の方が多いかもだし……うん、わかった!じゃあ赤山ちゃんと空島ちゃんって呼ぶね!名前呼びは、も〜っと仲良くなってからってことで!」
「……なかよァっ?!……そ、そうだね〜!」
「もごっ」
小さく悲鳴を噛み殺しつつ、隣で声を抑えきれなかった阿呆の口を物理的に塞ぐ。ひとまずこれで丸く収まったと思いたい。いや会話経験がなさすぎて、これが女子的に丸く収まった会話なのかすら、正直よくわからないのだが。
ちなみに、二人が女子と多少話せていたのは大体小学五年生ぐらいまでである。
「あ、こ、ここが購買だよ!昼休み以外はこんな感じで……ぶ、文房具とか学用品を売ってって……」
「文房具とか売ってるんだ?!あたし、てっきり普段お昼休みの時に購買が来る場所に連れてってもらえるのかと思っちゃった!すご〜い!ね、ね、ちょっと見て来ていい?」
「ど、どうぞ」
よくわからないが、文房具やらなんやらが販売されている購買は彼女にとって物珍しい物らしい。目を輝かせながら楽しそうに購買の陳列棚を見ている。
その隙に、梅吉は完全に言語という概念を失っている青仁にこっそり話しかけた。
「お前さ、もうちょっとどうにかしろよ」
「女の子って良い匂いすりゅ……」
「うるせえ自分で自分の匂いでも嗅いでろ。つかすりゅ……とか言ってんじゃねえよキメえわ。せめてお前ももうちょっと会話に口挟めよ。じゃないと不自然だし、何よりオレがしんどい」
「……わかってるけどさあ。それができたら苦労しないっていうか。むしろ自分でもこんなにダメだったんだ俺、って実は今結構落ち込んでる」
「大丈夫、オレも同じだから……青仁、これ終わったら二人でどっか昼飯でも食いに行こうぜ。ぱーっと食ってぱーっと忘れちまおう」
「そうする……」
あまりにも意気消沈ぶり具合が痛々しく、さらに言えばその痛みの理由を梅吉も身をもって現在進行形で体感している以上、強くは言えなかった。
「でもマジで俺どうすりゃいいと思う?気を抜くとマジで『今日は良いお天気ですね』とか言っちゃいそうなんだけど」
「正直、今のオレらのレベルじゃあ事務的な話に終始するしかないと思う。……そうだ、『次どこ行く?一階から順番に巡ってく?』とか聞いてみろよ。それぐらいならできるだろ」
「た、多分」
おそらくリア充の皆様方から見たら、このようなやり取りはまどろっこしくて仕方がないのだろうが、これが二人の精一杯である。大人しくまどろっこしい思いをして欲しいし、ついでに言えば爆発して欲しい。
「あ、ごめん!前いた学校こういうのなくってさ、楽しくってつい買っちゃった〜」
「い、いいよ別に。……ほら青……伊、行け」
二人が作戦会議をしていると、程なくして橙田が小さな紙袋片手に戻ってきた。再び硬直し、挙動不審まっしぐらになっている青仁をせっつく。梅吉の知っている女子と話している青仁は、異音を発しているかカ◯ナシの親戚と化しているかの二択である。不安ではあるが、梅吉一人でどうにかなる訳でもないのだ。梅吉だって気を抜いたらカオ◯シの遠縁の親戚になってしまうので。
梅吉に背を押された青仁が、歩き出したら右手と右足を同時にロボットじみた挙動で出してしまいそうなほどぎこちなく。覚悟を決めるように、大きく、大きく息を吸って。おそるおそる、橙田に話しかける。
「と!橙田、さん!あ、あの……つ、次、どうす、る?い、一階から順番に行く……?」
「……?うん!」
青仁のあまりの挙動の不審さに、若干の違和感は覚えたようだが。それらをスルーして、橙田は元気よく肯定を返してくれた。どうやら、細かいことは気にさずに生きているタイプだったらしい。いつまでも誤魔化されたままでいて欲しい。
「じゃ、じゃあ行こっか〜……」
「あ、あの空島ちゃん、なんか無!って感じになってるけど、大丈夫なの……?」
「あ、あいついつもあんな感じだから、うん」
むしろこれぐらいで死ぬなと思ったが、まあ先程から不意打ちで即死攻撃が直撃したり、自分で自分に失望してスリップダメージを受け続けていたりするので、仕方のないことだろう。それはそれとしてお前が虚無の彼方に行くとこちらに負担が集中するのだが?という話ではある。




