変わっていないフリをして その1
珍しく、弁解の余地もないレベルの凡ミスをやってしまった。
「……おい」
「いやあ……」
二人の目の前にあるのは、梅吉が毎夜寝ているベッドである。特段可もなく不可もなく、描写する価値もないほど一般的な、適当に家具屋で購入した物だ。
つまりはありふれているので、普通にシングルベッドであった。ついでに言えば、来客用布団とか予備の布団とか、そういった素晴らしいものは当たり前に存在していなかった。
「人を呼ぶってんなら寝る場所のことちょっとは考えとけよ!!!!!」
「クッ、正論すぎて全く反論できねえ!!!!!」
今ばかりは青仁に責められても何も言い返せない。ど忘れしていたのは梅吉だ。ここは甘んじて受け入れるしかないだろう。だが、梅吉が青仁の叱責を受け入れたところで事態は好転しない。寝る場所がない、ということには変わりないのだから。
それにもう一つ、梅吉には懸念点がある。
ベッドがない?なら一緒のベッドで寝れば良いじゃん美少女と同衾なんて最高だぜヒャッホウ!的な思考に青仁が行きかねない、というか絶対に既に考えている事である!
「いやでも、たとえ正論だとしてもお前に言い負かされるのなんかムカつくな。オレ、えっちなおねーさんに性的な意味で敗北するなら本望の筈なのに。やっぱ中身か」
「性的な意味で敗北って何?いや待った言わなくていいどうせ梅吉がマゾを晒すだけだろ」
「ああ゛?!オレはマゾじゃねえよオレが言いたいのはえっちなおねーさんに艶っぽく笑いながら『梅吉くんは良い子だから我慢、できるよね?』っておっぱいの谷間にち」
「性癖詠唱すんなお前の性癖なんか聞きたくねえんだよ!もしかしてお前性癖を露出することで快感を覚えるタイプなのか?!っていうかうちの学年の男子ってもしかしなくても大体そんな感じじゃないか?!緑然り一茶然り!」
口で雑にトークを下ネタに繋げてお茶を濁しつつ、必死に思考を回す。梅吉だってあんなことに気がつく前だったら是非とも一緒のベッドで寝たかった。ていうかどさくさに紛れて背後からおっぱい揉んだりあらぬところに手を伸ばしたりしたかったとも。
だが、梅吉は気がついてしまったのだ。そういうことをしたいと思って、実行してしまった時点でもう友達とは言えないのではないか?と。
故に梅吉はどれだけ魅力的だろうとも、同衾ルートを回避せねばならないのである。
というか、先ほどから青仁が何を考えているのかちょっとわからない。青仁という生き物は大抵特に深いことは考えていない(ドリンクバー・ゲキヤバフードを除く)。だが以前避けられた時のように、何らかの思考をしている時もある。今回の行動もその手の類のものなのだろうが。
友達を名乗れない状況になっていることに気がついていたけど、『色々思うところがあって黙っていた』の、色々思うところが何なのか、気にならない訳がないのだ。
変わっていく中でも、できる限り変わってほしくない、固執しているものを守るために。知らなくてはならない事だろう。
「いやあれは去年の宿泊学習のせいでタガが外れちまっただけだろ。こう、お互いがお互いの命握ってるから逆にオープンっていうか、うん。緑がロリコンシスコンガチ恋三重苦を吐いたのだって完全に夜更かしの魔力とノリと勢いだったろ…………ん?夜更かしの魔力?」
「え、何その不穏な繰り返しは」
夜更かし。なるほどこれは、現状の打開策につながるのではないか?深夜テンションという言葉もある訳だし。この状況ら尋問にはうってつけなのではないか。
まあ多少肉体言語及び性欲に訴えるような振る舞いは必要だろうし、本末転倒感は否めないが、背に腹は変えられない。やる価値はあるだろう。
「はあ?不穏じゃねえし。せっかく良いアイデアを思いついてやったってのに」
「そういうこと言うのが一番不穏なんだよなー。まあでも、一回ぐらいは聞いてやるよ」
「いや普通にベッドがないならオールすりゃ良くね?って思っただけだっての。オレまだお菓子の残弾あるし。何ならコーラもあるし。変な時間にお菓子と炭酸を貪る背徳を味わおうぜ。今なら袋麺も出せる」
「予想以上にまともだった。てか結構良いな。楽しそうだし」
奴は十中八九同衾ルートを望むだろうから、抵抗されるとばかり思っていたし、押し通す構えですらあったのだが。青仁は予想外に梅吉の提案を好意的に受け取り始めた。
「……」
「は?おいなんだその目は」
こいつが性欲を優先しないとか明日は槍でも降るのか、と思っている目である。
「何でもねえよ。とりあえずオレはお菓子取ってくるわ。ちょうど小腹が空いてきた所だしよ。確かポテチは確実にあったんだけど、他はちょと記憶無えんだよなあ」
「え、お前の言うポテチってあれだよな?コ◯トコでしか見ないようなクソデカサイズだよな?マジであれ今から食うの?」
「そうだけど」
立ち上がって一階にあるリビングへと向かおうとする梅吉の背に、ドン引きを体現したかのような視線が突き刺さっている気がするがきっと気のせいである。コス◯コはアメリカンサイズで食品を販売してくれる偉大なスーパーのだから。
なんて思いながら、梅吉は無事大量のお菓子を抱えて自室に戻ろうとしたのだが。
「……ん?」
手ぐせでポケットに突っ込んでいたスマホが、ピンロン、と軽快な音を鳴らした。現代人の性、通知音に誘われるように反射的にスマホを取り出すと。
『進展した?』
『夏の一夜の過ちから恋が始まったりしたか?』
梅吉は衝動のままスマホを床に叩きつけようとして踏み止まり、そのせいでバランスを崩してお菓子を一部床に落とした。
無論こんな狂ったL◯NEの送信者は描写するまでもなく木から始まって茶で終わるアイツである。こいつ以外がこんなド直球メッセージを送ってくる訳がないだろう。
「梅吉ー?なんかすごい音したけど無様に転んだりとかしたのか?」
「ちょっとつまづいてお菓子ぶちまけただけだから待ってろ。あとついでにトイレ行ってくるわ」
音を聞きつけたのだろう、扉越しに声をかけてきた青仁にそつのない返事をして。落としてしまったお菓子を丁寧に床に並べ、有言実行する為にトイレに駆け込み、扉を背にしてもたれかかって。
『ウメェ!吉 がスタンプを送信しました』
『ウメェ!吉 がスタンプを送信しました』
『ウメェ!吉 がスタンプを送信しました』
『ウメェ!吉 がスタンプを送信しました』
『ウメェ!吉 がスタンプを送信しました』
『ウメェ!吉 がスタンプを送信しました』
『ウメェ!吉 がスタンプを送信しました』
『ウメェ!吉 がスタンプを送信しました』
『ウメェ!吉 がスタンプを送信しました』
憎しみのスタンプ連打を開始したのであった。
『図星か?』
まあ一茶という男は絶望的に懲りないので、どのツラ下げて発言に定評があるのだが。
『違う』
『お前を絶対に殺すって言う意思表明』
『つかお前合宿中だろスマホいじってて良いのか』
『流石にもう消灯時間だからいける』
何がどういけるのかさっぱりわからないが、一茶基準では大丈夫なのだろう。まあ一茶は一茶なので、この基準はあまり信用できない。
『見つかってスマホ没収されろ』
『見つかる訳がないだろ』
『その辺りは抜かりなおはたかたはかま』
そんな梅吉の予測通り、一茶は笑えるほど爆速でフラグ回収を決めていった。流石一茶、この手のフラグを裏切らない男である。まあとりあえずこれで馬鹿の相手は一通り終わっただろう、というかメッセージを送っても返事が返ってこないだろうし、と梅吉はトイレから出ようとしたのだが。
何故か、一茶から着信がかかってきた。
「……」
一瞬、通話を切ろうかと極めて真っ当な思考がよぎる。が、梅吉は心が広く慈悲深い人物(自称)である為、真っ白すぎて白々しい澄んだ心で持ってして、梅吉は通話に応答した。
決して何か面白そうな話が聞けそうとか、弱みをにぎれそうとか、そんな不純なことは考えていない。
『よっしゃ繋がったあ!梅吉!青仁はヘタレだから押したらいけるやっちまえ!そして僕に良質な百合の原りょ』
『木村ァ、先生の目の前で悠長に電話とか、いいご身分だなァ?今が何時か知ってるよなァ?そのピカピカ光る板見たらすぅぐ消灯時間ってわかるんじゃねえのかなァ?』
一茶のものではないが、聞き覚えのあるドスの効いた声が通話口から聞こえてくる。おそらく梅吉達の学年の体育教師のものだろうか。梅吉はあまり接触のない人物なので知らなかったが、どうやら柔道部の顧問だったらしい。
『あっいやちょっ違、違うんすよ僕はちょっと慈善事業に勤しんでたっていうか、いや他者を思いやる心を育むことは学校的には多分ってか確実に重要なことじゃないっすか、僕は学校のおかげで溢れんばかりの思いやりを習得した男なんで友の相談に真摯に乗』
『せんせー、そいつただむさ苦しい男だらけの空間に耐えられなくなって知り合いのジェネリック女子に声掛けて苦痛を和らげようとしただけでーす』
『おい紅藤貴様ァ!僕を売るんじゃねえよ人の心とかないのか?!あと僕はあいつらをジェネリック女子として扱ってる訳ではなくあくまで百合の原料としてだな……せ、先生その、こいつはナマ言ってるだけで全然そんな事実は』
スマホを奪われんと一茶が暴れているらしい耳障りな物音が響く。それに交じって聞こえた一茶の言い訳を最後に、ぷつん、と通話は切れた。
「何言ってんだか。あいつに搭載されてんのは女の子同士の恋愛を愛でる心だけだろ」
ここまで明確に焦り、露骨にへりくだっている一茶は中々にレアである。大抵先輩に対しても敬語を使ってるだけで敬意のけの字も感じられない男なので。これは良い情報が手に入ったかもしれない。
……しかし、青仁はヘタレだから押したらいける、か。まあそれはその通りかもしれない。実際避けられた時も、結局そんな感じでゴリ押しした訳で。要は退路を塞げばいいのだ。そういう意味ではあの時より楽だろう。何せここは梅吉の自宅、奴にとっては明確にアウェイなフィールドで、梅吉にとって非常に有利な条件だ。
そうして、何をすべきか定めた梅吉は、トイレから出てお菓子を回収し、自室へと戻る。
「あ、おかえりー。長かったな、やっぱりあんだけ食ったら流石のお前でも腹下すんだな」
床に仰向けにごろりと寝転がり、パジャマの裾が捲りあがって、中々に際どい状態になっている。以前プールで見た、白いすべすべなお腹が晒されていた。他人の家で我が物顔でくつろげるタイプ、というのは前から知ってはいたが。あまりにも無防備すぎやしないか。襲えと?まあ襲うための棒がないのだが。
「うわてかマジでクソデカポテチ持ってきてんじゃん」
こちらのことなんか何一つ意識していないのだろう。男は皆狼、なんて言うのに。あいつだっめそれぐらい、わかっているはずなのに。……ああそうか、梅吉も青仁も、狼ではなくなってしまったんだっけ。そのせいで、こんな事になっているんだ。
「本気で食うつもりだっ……」
だから梅吉は、無防備に自室に寝転がる青仁の上に、一切の躊躇なく覆い被さった。




