おうちデート(意味深)だったらよかったな その3
「只今より姉貴に教わってホック付きのブラを自力で付けられるようになるまで帰れま10を開催するからだッ!」
「なんでぇ?!」
先日のショッピングモールでこっそり購入しておいた青仁サイズの梅吉好みの下着を抱え、ノリノリで宣言する。上機嫌な梅吉とは対照的に、青仁が情けない悲鳴をあげた。見事に明暗が別れた二人を、ニヤニヤと姉が眺めている。相変わらず趣味が悪い奴だ。
「実際知っといて損は無いだろ」
「何真人間ぶってんだよ言えよ本音を」
「何の話だかさっぱりわかんねえな」
「打診された段階で大体理由はわかってるから別に言わなくていいわよ。妹の性癖とか知りたくないし」
「おぼあ」
「死んだか?死んだな」
たった一言で梅吉の精神を削りきるとは、流石我が姉。黒レースのえっちな下着を青仁に着てもらいたいという純粋に不純な欲望を見抜くとは、と頭を抱えながら雑に称える。なお、呻く梅吉を完全に虫を棒で突っつく小学生男子の挙動で扱う青仁は後で処す。
「青仁くんと青仁ちゃん、どっちがいい?」
「……か、かかか勘弁してください……」
「じゃあ青仁ちゃんで」
「おぼぼぼぼぼあばぼあばおばおぼ……」
「冗談よ。青仁くん、実際うちのバカの言う通り覚えておいて損は無いのよ。ってことで教えて上げるから、服脱いで。後梅吉は早くお客さんにお茶と菓子でも出してあげなさいよ、ほら行った行った」
「ぐえっ」
「フ、フクヲヌグ。シラナイコトバダナア」
尻を蹴られる梅吉と、退路を塞がれる青仁。自分で呼んでおいてなんだが、完全に魔王という名の姉に場を支配されてしまった。もしかして姉を呼ぶってコマンドは自爆スイッチと同義だったりするのか?
そうして大人しく一階に降り、お菓子とかコーラとかを装備して戻ってきたのだが。
「うわでっか。なんなの?性転換病ってでかくならなきゃいけない義務とかあるの?」
「……」
「そうそれで、ホックを……デカすぎて引っかかるとかあるの?もしかして私喧嘩売られてる?」
「……」
「なんでもいいから話してくれると有難いんだけど。ずっと無言っていうのもやりづらいのよ」
「ミ゜ッ」
「なんて?」
大変突入したくない光景が作り出されているだろうことは、扉越しでも想像に難くない。むしろよくあの状態の青仁を下着を脱ぐという段階に持っていったなと逆に賞賛したいほどだ、と半ば現実逃避気味に思った。
「あー、姉貴?オレ多分入んない方がいいよな?」
「そうね、そこで待ってなさい。どうせ自分用にお菓子持ってきたんでしょ?それでも食べてなさいな」
「ほーい」
自分の分の取り分とその他を区別しておかないと、何故か怒られるということを梅吉はぼちぼち十七年になる人生で学んだのだ。でも未だに理由はわからないんだよな、と思いながら姉の言う通りに用意しておいたポテチ(BIGサイズ)を貪り食う。
「とりあえず、その状態を維持してゆっくり前に持っていくの。……そう、上手」
「……」
「もしかして本当に一言も喋らないつもり?」
「オ、オハナシイイイイイ?!?!」
「類稀なる狂い方してんな」
梅吉も初めて聞いた青仁の女性免疫ゼロ奇声のバリエーションかもしれない。妙なところだけ豊かだよな、と思わず呟く。なおその間もポテチを口に放り込む手は止まっていないものとする。
「梅吉から聞いてはいたけど、本当に女性免疫ないのね」
「ナ、ナイデ、デデデデデデデデデデデ」
「私が手を添えてるから、そのまま手を持って言って、引っ掛けるの。……うわはち切れんじゃないのこれ。もぎたくなってきた」
「あばばばばばばば」
「冗談よ」
「ソ、ソソソナンデスカッカカカカカ」
ちなみに奴の弟歴十六年+αの身として言わせてもらうと、もぎたい云々は本音だと思う。あいつはそういうやつだ。本格的に壊れて異音を上げて喋る玩具的な何かと化してきたな青仁を音声情報だけで観測しながら、控えめに言って女の子どころか人間がやっていい挙動じゃないようなことしてんだろなあ、と思う。それをやって許されるのはホラー映画の中だけだ。
なおここから梅吉がポテチとじ〇がりこ(Lサイズ)を完食する程度の時間がかかった為、ダイジェスト版でお送りしようとも考えたが、ただひたすらに青仁が異音を発していただけだったのでカットする。正直哀れだった。
「うわああああああ!!!!梅吉~~~~~!!!おれもうおむこにいけないよ~~~~!!!!」
故に扉を開けて梅吉が入室した途端、感情のままに叫びながら勢いよく青仁が抱きついてきた。
「うおっ?!」
「ひぐっ、お、俺、けが、汚されちゃ」
「別に汚してないわよ」
半分ほど泣きが入っている上に、それはもう豊満な乳房がこれでもかと己の乳房におしつけられて精神的に大変なことになる。平常時ならおっぱいとおっぱいを押し付けることがこれ程までの幸福を生み出せる行為だったとは……!ぐらいは適当にほざけるのだが、流石にそんなことを言っている余裕はなかった。
「あ、青仁?大丈夫か?」
状況自体への困惑と照れが半分、結構な後悔が半分。故に口から出たのは労りであった。
「……うめきちの、ばか」
身長的に普段は発生しえない相手からの上目遣いと、涙目のオプション付き。はっきり言って梅吉の理性を壊すには十分すぎる要素ではあったのだが、そこは身内の目と、なにより先程から感じ続けている困惑によって思考は保たれた。
なにせ梅吉はこの青仁とかいう奴とそれなりの年数付き合いがある。そりゃあ幼馴染とかいうラブコメにありがちな関係性には劣るが、それでもある程度の理解はあると自負している。故に、わかるのだ。
間違っても青仁は半泣きで他人に抱きついたり、そのまま泣き言を漏らすような性格じゃないということを。
「何二人してその小っ恥ずかしい体勢のまんま固まってるのよ。見てるこっちが恥ずかしいんだけど」
呆れたように言い放たれた姉の言葉によって、やっとこさフリーズしていた思考回路が復活する。あまりの衝撃と困惑で吹き飛んでいたが、そもそもこの状況は見方によっては随分とボーナス的なサムシングな訳で。
「……ッ?!……ッ?!」
「落ち着け青仁。全面的にオレが悪かったから。今日のことは忘れよう、な?」
「……」
「あっだめだこりゃ」
青仁がば、と勢いよく梅吉を離すも、それ以降動きを完全に止めてしまう。話しかけても応答する素振りを完全に見せなかった。これはもうどうしようもない。
「もしかして私マズかった?」
「マズかった、けどまあこれは姉貴を呼んだオレが悪い。まさかこの程度の荒療治で、ここまでポンコツになるとは思ってなかった」
「ああそういう……でも、なら尚更不思議なんだけど」
断言するが姉は深いことは何も考えていなかった。ただ第三者であったからこそ容易にたどり着ける結論を、当たり前のように口にしただけだったのだ。
「なんでそんなに女の子が苦手なのに、今のあんたとは普通に話せてるの?」
「……あ」
言われてみればそうだ。クラスメイトの女子相手にも常に挙動不審をかましている奴が、何故梅吉という外見だけなら超どストライク美少女と普通に会話できているのだ?
そもそも美少女化して以降のファーストコンタクトの時なぞ、お互いのことを知らなかったのに奴は平然とナンパを働いていた。鼻の下は伸び気味だったし挙動不審だった気もするが、逆に言えばその程度で済んでいたのである。
「じゃ、私は邪魔にしかならそうだから引っ込んでるわね」
「掻き回すだけ掻き回して逃げやがったなお前……!」
「元はと言えば呼び出したのはそっちじゃない。いくら自分が悪いからとはいえやられっぱなしはなんか嫌だ、とか言ってたくせに」
「うぐっ……」
「青仁くん、こいつは私がなんか適当に懲らしめとくから」
「げっ」
不穏な発言を言うだけ言って、我が姉は去っていった。残されたのは未だ現実に復帰してこない青仁のみ。
「……あ~、青仁。ジ〇ギスカンキャラメル買っといたんだけど。食べる?」
「……食べる」
取り敢えずここは食べ物で釣るのが早いだろう。何せ自分もそうなので。予測通りのそのそと手を差し出してきた青仁にクソマズキャラメルを渡し、持ってきたコーラをコップに注いでいく。さて、ここからどうしようか。