知ってるようで知らない その2
「ひどくないか、僕だって善行ぐらいするぞ。というかこれ自体は単なる家に届いたお中元のお裾分けだ。大変だったんだぞ、兄貴どもから奪ってくんの」
「くれんの?マジ?サンキュー一茶、お前やるじゃん!」
一茶がタッパーを開け、さくらんぼを分配し始める。いつも通り飢えていた梅吉は、喜色満面の笑みを浮かべ、真っ先に食いついたのだが。その肩を、険しい顔をした青仁が掴んだ。
「待て梅吉、早まるな。相手は一茶だぜ?絶対なんか裏があるぞ……!」
「た、確かにそうだな?!」
そんな美味しい話を、よりにもよって一茶が持ってくるわけがないだろうと、珍しく青仁が梅吉に正論を説いたのだが。
「だとしてもとにかくさくらんぼ食べたいんだけど。オレ今腹減ってんだよ。しかもあれなんかちょっと高そうだし。明らかに実がツヤツヤしてるし」
「おい」
「一茶〜、さくらんぼくれ」
「おい!!!!!」
食べ物を前にした梅吉が、真っ当な制止で止まるはずもなく。普通に一茶が持ってきたさくらんぼに食いついたのであった。だって仕方ないだろう、それなりに値が張るせいで、中々食べる機会がないし。何より一茶が持ってきたものはその中でもお中元パワーのおかげで、そこはかとなく高級品の気配がしているし。
「そう来なくちゃな。ほい、さくらんぼ」
「いよっしゃー!いっただきま」
「ってことで食い終わったら絶対舌でヘタ結べよ」
まあやっぱり罠だったので、齧り付こうとした瞬間にロクでもない要求がぶちこまれたのだが。
「…………むぐっ、おいふざけんなよ一茶嵌めやがったなてめえ!青仁もなんでオレを止めてくれなかったんだ?!」
ヘタを片手に全力で抗議する。確かあれだろう、さくらんぼのヘタを舌で結べるやつはキスが上手いとかいうやつ。これを持ちかけてきたのが緑だったら悪意のないイタズラと断言できるが、相手は一茶である。確実に悪意というか性欲しかないだろう。
「だから俺最初っからそうだって言ってただろ!俺の献身をなかったことにすんな!つかちゃっかりさくらんぼ味わってんじゃねえか!気付いたなら踏みとどまれよ!」
なお、信用できない語り手的手法を最大限活用して、都合の悪い真実は積極的に隠蔽していく方向性である。多分こういうのが積み重なって、後々事実改変によるありもしない醜聞的なものが生まれるのだろう(適当)。
「いやだって……青仁、お前はこの六限終わりの微妙な空腹感を前に、なんか高そうなさくらんぼを差し出されて耐えられるのか?」
「現に耐えてるが?」
「お前……人間じゃねえよ」
「なんでそこで信じられないものを見る目でこっちを見るんだよ、それをやるべきなのは俺だろ?!具体的には罠ってわかってて飛び込んでった愚か者とかさあ!」
「は?そんな間抜けなやついる訳ないだろ。何言ってんだ青仁」
「お前のことだよ!!!!!」
エキサイトしている青仁相手に、勤めて冷静に返す。誰だって自分の失態なんて認めたくないものなのである。
……というか、さらっと梅吉がさくらんぼを受け取る為に体を動かした段階で、顎を上に乗せるのはやめてくれたらしい。若干寂しい気がするが、寂しいと思った感情ごとなかったことにした。
「どいつもこいつもなんなんだマジで。馬鹿しかいないのか」
「はあ。お前らの事情に僕が直接首を突っ込むことはあってはならないからスルーするが、とりあえず青仁、お前も食え。もしくは梅吉にあーんってしてもらえ」
「絶対に嫌だが?つかさらっと俺が梅吉にやってもらいたいシチュを混ぜるな!」
「だって僕がお前の口にさくらんぼ突っ込むのはマズいだろ。僕はあくまで百合を見守る一介の壁でありたいんだよ」
なんて思っていたら、一茶が青仁のことも見え見えの罠に嵌めようと動き始めていた。なるほど、確かに美少女にあーん、と直接食べ物を口元に運んでもらうシチュは男だったら一度は夢見たことがあるだろう。青仁がそれを望んでいても不思議ではない。
「だからなんで有機物のくせに無機物になりむぐっ?!」
まあ別に梅吉が青仁の夢を叶えてやる義理はないので、隙を見て雑に口にさくらんぼを詰め込んでやったのだが。色気の欠片もない、シンプルな暴力行為である。
「…………確かに美味しいな、これ」
「だろ?ってことでお前も道連れだからな」
流石に吐き出すなどの最終手段を取る気はなかったらしい、諦めたようにモゴモゴと咀嚼していた青仁が、ぽつりと呟く。
まあ正直青仁にさくらんぼのヘタを結ばせたところで特に何も起きないだろうが、それでも一人で一茶の妄想の燃料にされるぐらいなら、全力で巻き込んだ方がまだマシだろう。道連れは多ければ多い方が良い、というのが梅吉の自論である。
「チッ、わかったよやればいいんだろやれば。お前だってやるんだろうし」
「そうだそうだ。さっさとやろうぜ」
露骨に顔を顰める青仁をよそに、梅吉は早急に終わらせようとヘタを手に取る。有名な話ではあるが、なんだかんだでやったことはないのだ。流石に初めてでそんな簡単にできるものじゃないだろうなあ、と梅吉がぼんやりと考えていると。
「つか、どう考えても俺ができるとは思えないのに、なんでこんな意味わかんないことやらせようとするんだ?なんか意味あるのか?」
「……えっ」
首を傾げながら、純粋ぶった発言をし始めた。
「あれ、お前の反応的にこれってなんかマズいやつなのか?」
「……」
どうやら別にぶりっ子的なやつではなく、完全なる素だったらしい。素直に疑問を投げかけてくる美少女の姿に居た堪れなくなり、さっと目を逸らすついでに、一茶に助けを求めるも。奴の視線はただひたすら「絶対に言うな」と語っているだけであり。
「……まあ、うん。とりあえずやってみろよ。オレもお前も、多分できないけど」
「おい待てお前その微妙な顔はなんだ」
「うるせえ説明したら多分一茶にシメられるんだよオレは命が惜しいんだ」
「はあ……?」
若干裏の意図を察しつつある青仁を無理矢理黙らせる。誰だって命は惜しいし、ついでに言えば何も知らない青仁がどのような反応を示すか、若干興味があったのだ。無知シチュよりも手取り足取りナニをシて欲しい派の梅吉ではあったが、それと好奇心とはまた別問題である。
「……やっぱできなくね?」
「まあ、そうなるわな」
とはいえ流石自他共に認める不器用、口の中にさくらんぼのヘタを放り込んで一分ほどで根を上げたのであった。ちなみに梅吉もできていない。初めてで一分程度で出来たら、それはもう天才の才覚を持つテクニシャンやアダルトコンテンツの主人公を名乗っても許されるレベルだろうし。
「さくらんぼくれ」
「あ?なんで僕がお前にさくらんぼをあげなきゃいけないんだ。これはあいつらにさくらんぼのヘタを結ばせるために、僕が兄貴どもと乱闘してまで手に入れた貴重なさくらんぼなんだぞ。野郎にあげる分はない」
「ここに俺が昼休みにコンビニにダッシュして買ってきたプリンがある。プリンの上にさくらんぼがのっていたら最高で最強で素敵だろ。くれ」
「校則違反を堂々と語るんじゃねえよ脱走兵」
「さくらんぼくれ」
「無限ループか???」
ちなみに二人が苦戦している間、いつの間にか現れた緑がさくらんぼくれbotと化して一茶にだる絡みをしていたようだが、二人には関係のない話である。何してんだあいつ。




