選択肢なんてものはない その1
「くっ……!おいこれ完全に詐欺だと思うんだけど?!訴えたら勝てるって!」
「騙される方が悪い。つか、半分ぐらいは本当だし」
「だから余計に嫌っつってんだよ!」
ダン、とファミレスのテーブルに拳を叩きつければ、精神安定剤として用意された、プラスチックのカップの中の珍妙な色合いをした飲み物が揺れる。しかし、今の青仁にはそんなことに構っていられるような余裕はなかった。
今日も今日とて爆速帰宅をキメようとしていたのだが、無事(?)梅吉の作戦に引っ掛かり、「屈辱……!」的な顔でファミレスに追い込まれてしまったのだから。
無論、青仁は梅吉が何をしてこようとも、自らの精神の安寧を保つためにスルーを続けるつもりであり、本来ならばこのような目に遭う予定ではなかったのだが。
「つか一茶は反則だろ?!こういうことにあいつを呼ぶなっての!」
頼ったら十中八九ロクことが起きないだろうし、第一現在恒例のテスト勉強のための軟禁被害に遭っており、関与不可能であろう一茶が関わっていたせいで、捕獲されてしまったのだ。
具体的に何があったのかと言えば、そそくさと帰ろうとする青仁の前に、チキチキ⭐︎赤点とったらぶっ殺す♡補習で部活来れなくなったらほんま許さねえからなマジで勉強会〜in柔道部〜に追われている一茶が助けを求めてきたのだ。正直ガン無視でも良い気がしたが、あまりにも背後の圧が恐ろしく、更に言えば柔道部の方々に一茶の仲間と勘違いされてしまったので、協力せざるを得なくなってしまったのだ。そしてそのまま二人で逃走していた所、少し休まないかとファミレスに誘導され──待ち構えていた梅吉にボックス席に押し込まれ、今に至る。
「大丈夫だ、今そこであいつ自身がろくでもない目に遭ってるから。オレらに口出ししてくることはねえよ」
「ああ……まあ、それはそうだけど」
ちなみに、チキチキ⭐︎赤点とったらぶっ殺す♡ 補習で部活来れなくなったらほんま許さねえからなマジで勉強会〜in柔道部〜の皆さんは、特に作戦の協力者とかではなかったらしく、マジで逃げる一茶を追っていただけの部外者だったようで。現在一茶は隣のテーブルで激詰めされながら英単語を叩き込まれている。
とはいえ青仁が逃走しかけたときは全力で抑えてもらうよう予め交渉済みだ、と梅吉が恐ろしいことを言っていた為青仁は逃げられないようだが。というか、「ハピエン厨としてはこの手の問題は平和的に解決してほしい」とかよくわかんないことを据わった目つきで言っていた一茶が正直一番恐ろしい。
「つか、俺前も言ったよな?今回のテスト範囲ヤバいから帰って勉強してるって。早く帰りたいんだけど」
「そうか。じゃあスマホのスクリーンタイム見せてみろ」
「……」
ほぼ確実にア◯プラとY◯utubeでえらいことになっているであろうスクリーンタイムなぞ見せられるはずもなく。青仁は沈黙する羽目になった。勉強していない訳ではないが、だからと言って娯楽の時間を全て削っている訳でもないのである。
「おいおい往生際が悪いじゃねえか、そんなんじゃ男が廃るぜ?……ああそっか、もう廃ってたな!」
「俺をいじめるのそんなに楽しいか?!てか男が廃る云々は普通にブーメランだろ」
「うるせえブーメランだろうと楽しいもんは楽しいんだよ。だって最近それすらできてなかったし。どこかの誰かさんのせいでな」
「……」
当たり前だ。だって青仁が、そうなるように動いたのだから。というか、そう動かざるを得なかったのだ。
ただでさえ現状は、友人及び己が突然美少女と化すというカオスなものだ。そこに本来介在するはずのない感情を認めてしまえば、どう接すれば良いかわからなくなるのは当たり前だろう。恨み節を込めて言われようとも、その点について、青仁は己を正当化することをやめる気はない。
……というか、節々に滲むストレートな好意がちょっと居た堪れないのだが。特に、ビジュアルと合わさった時の、美少女に求められてる感をまとった破壊力が。
「お前だって理解してると思うけど、親しい相手に避けられんのはそれなりにメンタルに来るもんなんだよ。で、お前はそれを躊躇なく、まあクオリティは大分アレだったけど実行しやがった訳だが。お前こそ、オレを避けんの、そんなに楽しかったか?」
「……めちゃくちゃ冷静に俺に怒るのやめてくれない?」
やけに淡々と、梅吉は語る。そんな平常時以上に凪いだ態度こそが、青仁にとっては逆に恐ろしい。いっそ感情論で突っ走ってもらえた方が、対応に困らなかったかもしれなかった。それなら、現実を直視する必要はないだろうから。
「怒ってはいねえよ。何考えてんだお前とは思ってるけど。……緑に言われたんだよ。原因はわからないけど、少なくとも今発生してるのは単なる会話不足が原因だろって。だからオレは、こうして腹を割って話すためにお前を呼び出した訳で」
会話不足。なるほどどうやらそういう結論に至ったらしい。確かにそこまで間違っていない気がするが、元はと言えば梅吉が青仁に向けているらしい独占欲に全くの自覚がないことと──それに、青仁が気がついてしまったことが原因なのだが。
そこまでは思い至らなかったらしいことに。何故か少しだけ、安堵している自分がいた。
「……緑も巻き込んでんのかよ。てか、ここまでしなくて良かったのに。ある意味これは、俺が勝手にぐじゃぐじゃやってるだけなんだから」
「そうなのか。じゃあ勝手にぐじゃぐじゃしてんじゃねえよ」
「逆に聞くけど、お前は俺にそう言えば解決する程度の話だと思ってんの?」
「思ってる訳ないだろ何言ってんだお前」
「おい」
早々に開き直った梅吉に苦言を呈す。しかしそれすらも、奴は少し嬉しそうに受け取っているのだから、こちらの気が狂いそうになるのだが。
考えて見てほしい、自分好みの美少女が何気ない会話の応酬をこそ喜んでくれる上、あまつさえ独占欲すら抱いてくれているのだ。どこまで行ってもそれがビジュアル上の話でしかないとしても、健全な男子高校生(願望)としてはそうならざるを得ないのだ。
「ってことでいいか青仁、一度しか言わないから耳かっぽじって良く聞いておけよ」
「……はあ。えっ何俺死刑宣告でもされんの?」
一度しか言わない。その時点で、嫌な予感しかしないけれど。それでも、聞かないという選択肢は青仁にはもたらされていないのだろう。この場から力技で逃走しようとしたが最後、意味不明な速度で一茶が突撃してくるであろうことは、想像に難くないし。
故に、気まずさを誤魔化すためにドリンクバーで製造されたドリンクを喉に流し込んだ青仁は、いやに真面目な梅吉を真正面から浴びる羽目になり。
「お前に避けられるのめちゃくちゃしんどいし寂しいから金輪際やるな。以上」
「ゲホッゴホッやべなんか入っちゃいけないところに」
「お前ここぞって時にふざけないと死ぬ病気にでもかかってんのか?????」
そして、盛大にむせた。見事なまでの予定調和である。
「ゴホッ、き、気を紛らわせようって思って飲んだだけだし、だ、第一お前が『ほら、オレが手ずから調合してやった、ドリンクバー末期患者専用精神安定剤だ。辛くなったら飲むんだぞ……!』とか意味不明なこと言いながら渡してきたんだろ」
つまり青仁は悪くない、と咳き込みながら自己正当化を終える。まあ、梅吉の言うことも完全には間違いではないのだが。
青仁は現実を直視しない為に、わざわざこんな真似をしているので。
「だってお前にとってはそれが一番の精神安定剤だろ」
「そうかもしれねえけど、これ作ったの梅吉じゃん。しかもドリンクバーの味を最大限引き出せてないから、正直微妙な味だし」
「ドリンクバーの味を引き出すって何???つか話逸らすのやめろよ」
「嫌だ俺は逸らし続ける」
「おい妨害行為を開き直るんじゃねえ」
「うるせえ。もう隠せなさそうだから言うけど、避けるのは一時的なつもりだったんだからな?お前にこうも……やられることの方が、予想外というか」
口篭りながらも、仕方ないと理由の一端をこぼす。これは時間が解決してくれるような類いのものであり、正直放っておいて欲しい、というのが青仁の本音なのだから。
青仁だって、親しい相手との接触を意図的に断つのは、できる限りやりたくないことである。だからこそテスト期間中は真面目ぶって距離を置き、テストが終了したら普段通りに戻るつもりだったのだ。明確に期限を設けることで、折り合いをつけようとしたのだ。……まあ、目の前でぶーたれているわからずやのせいで、そうもいかなくなってしまったが。
「あーそういう。あれ、一時的だったんだな」
「だから、このままほ」
「だが断る!!!」
「うわうるさっ」
最早わかりきっていたことではあったが、このまま穏当に事を荒立てずに終わってほしい、なんて青仁の儚い願いが梅吉に聞き届けられることもなく。梅吉は元気に事を荒立てにいった。元凶と言っても過言ではないというのに、威勢の良い奴である。もう少し萎れたりしてくれないか?いや、こいつに萎れられてもそれはそれで気持ち悪いけど。
梅吉にとって致命傷になりかねない事実を黙ってあげている青仁の事を、少しぐらい労ってくれたって良いと思うのだ。




