客観的視点が大事ってマジ? その1
「オデ オマエ コロス」
「死にさらせえええええええええええええええ!!!!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!無理無理痛いギブギブギブ!!!」
詳細は省くが、梅吉と青仁は二人揃って緑をぶちのめしていた。本来なら童貞共を引き連れて順当に処刑すべき所業だったのだが、そんな理性的な選択を取れるほど生ぬるい罪ではなかったのだ。
故に、近々迫る文化祭に浮き足立つ放課後に、水を刺すような絶叫を響かせてしまうのも、仕方のないことなのである。
「ぜー……ぜー……あんたら……マジで加減しろ……俺はあんたらと違って……か弱いんだぞ……」
「そのセリフ、女子にボコられた側が言うことあるんだ。オレらのフィジカル、体感大分劣化してんのに」
「だって……俺仮にタイマンだったとしても……多分あんたらに勝てないし……」
「雑魚の自覚があるようで何より。で、結局お前は反省したの?ん?」
虫の息で廊下に倒れ伏した緑を見下ろしながら、梅吉は拳を鳴らして問いかける。その脇で青仁は元気に死体蹴りをしていた。
「いや……反省しろって言われてもな。だって俺は呼び出しにきちんと応じて、真剣に相手の話を聞いて、その上で断っただけだし。ガン無視したり失礼な態度を取ったりしたつもりもないんだけア゛ッ?!」
「そつのなさがムカつくから蹴りを入れた」
「事後報告やめろ!!!つか報告したからって暴力が許されると思うなよ!!!」
自らが何故ぶちのめされているのか、未だに理解していないらしい緑に追撃を加える。この辺りで何故緑がボコボコにされているのか、聡明な紳士淑女の方々ならばお分かりだろうが、一応答え合わせをさせてもらおう。
「あ゛?!許されるに決まってんだろ?!ロリコンの分際で一丁前に女子に呼び出されて告白されて振るなんてことしてんだからよ!!!」
「世間一般的にそれは逆恨みに分類さオ゛ッ?!」
青仁が緑の脇腹を上履きで抉る。要はいつもの非モテの僻みであった。
しかし恐ろしいことに、二人がこの手の動機で緑をぶちのめした事は初めてではないのだ。奴は性癖が終わっている事と引き換えかどうか定かではないが、比較的顔面の造形が整っている。そしてこれまた性癖がアレなせいか、二人とは異なり対女子コミュ力をきちんと持ち合わせている。つまり何も知らない女子から見れば、男だった時の二人よりも魅力的に見えるらしく。
この男、時々告白されたりラブレターを受け取る程度にはモテるのである。ロリコンのくせに。
という訳で、ついに本日通りがかりに現場を生で見てしまった梅吉と青仁はブチ切れ、緑をぶちのめすに至るのだった。
「うるせえ!!!逆恨みの何が悪い!!!オレらなんか人生で一度も誰かに告白されたことないんだぞ!!!!!」
「そうだそうだ!!!絶対に相手を振ることしかしない分際で美味しい思いをしやがってよ!!!」
ああ確かに奴の言う通り逆恨みであろう、だがたかが三文字で片付けられるほど生ぬるい憎しみではないのである。それ程までに非モテの恨みは深いのだ。同じ彼女いない歴イコール年齢にも雲泥の差がある。
とはいえ正当な恨みではない事は否定し難いな、と梅吉はちゃんと心の片隅で一ミリぐらいは思っていたのに。
「……え、あんたら告白されたことないの?」
「I kill you」
「殺すわ」
常識的に考えてぶん殴られても文句は言えない類の発言を緑がほざき始めた為、心の片隅にミリ単位で存在していた良心が吹き飛んでいった。青仁と揃って再びファイティングポーズを取る。
「待て待て待て!あんたら性転換病やった後は一応ツラだけは正真正銘の美少女だろ?!相手が男だったらノーカンとかそういうことなのかもしれねえけど、にしたってマジでなんもねえの?!」
「ある訳ねえだろ!!!!!」
別に梅吉は女子からの告白でなければカウントしない、なんて自分ルールは定めていない。いや別に男から告白されても一ミリも嬉しくはないが。自分ルールに思い至らない程度には、告白という、本来青春とセット販売されてしかるべき甘酸っぱイベントとの縁がなさすぎる。
「なんで?!?!じゃあ俺が時々聞いてたあんたらに鼻の下伸ばしてる奴らの話はなんグエッ」
「黙れ」
などと思っていたら、梅吉が手を出すよりも先に、どこからか飛び出してきた一茶が緑を踏み潰した。そのまま鮮やかな手つきで緑を物理的に畳む。
「お〜すげえ、流石一茶。こんなんでも我が校の柔道部エースなだけあるわ」
「だな。後処理の手腕がプロのそれだわ」
「ふん。褒めても何も出ないぞ」
「お゛ッ」
一連の流れは、二人が観客気分で純粋に称賛してしまう程スマートだった。褒められた一茶が若干得意気な顔をしながら再び緑に一撃を入れ、汚い悲鳴が廊下に響く。
「ちなみに、お前らが野郎どもから告白されたことがないのは、お前らにその手の感情を持ってる奴の半分ぐらいは男だった時のことを思い出して萎えてて、もう半分の無意味にガッツがある奴らは僕が身の程をわからせてやってるからだぞ」
「おい待て」
「お前マジで何してんの?????」
まあその後なんか唐突に自らが黒幕であると自白してきたので、それどころではなくなったのだが。
「……あんたらさぁ、俺これ悪いと思う?俺ただ一般論言ってただけだよな?そのレベルの顔面があれば告白の嵐じゃねえのって」
「まあ……とりあえず、一茶よりは確実に罪は軽いな、うん」
畳まれたままの緑による問いかけに、梅吉はこう告げることしかできなかった。それ程までに、一茶の所業とインパクトが凄まじかったのだ。
「は?なんで僕が悪いことになってるんだ。お前ら別に野郎に告白されても嬉しくないだろ」
「そういう問題じゃないっていうか。頼んでもないのに排除してるのがキモいっていうか」
「青仁よく言った、オレそれが言いたかったんだよ」
青仁がいい感じに言語化してくれたので便乗する。たしかに梅吉だって男に告白されたって一ミリも嬉しくない。だがあるのとないのとではプライド的に別物であるし、何より自分が知らないところで勝手に介入されているのが意味不明すぎる。
「はあ。まあ確かに僕はお前ら二人がくっついて欲しいから、自主的に排除活動に取り組んでいたが」
「ほら私利私欲じゃん」
「ん?でもお前たしか、俺らが下手に女子とくっつくとこの世に存在する純粋な百合の可能性が、とかなんとか言ってなかった?この理論から考えると別に俺らが男とくっつく分には、お前的にはどうでもいいんじゃねえの?」
「例え造花であろうと一定の価値はある。後僕の妄想の糧にはなるし」
「やっぱ私利私欲じゃん」
どれだけ青仁が理屈を述べようと、その全てを性欲の元に吹き飛ばしていく。流石一茶、頼むから巻き込まないでくれ。
「お前さ、俺らの恋愛の自由とか考えたことないの?」
「……」
「え、何その眼差しは」
「馬鹿やめろ青仁、あれ多分理解したら嫌な気持ちになるタイプのやつだから」
青仁の真っ当に真っ当な言葉に、一茶がなんか言語化したくない生ぬるい視線を向けてきた為、梅吉は青仁を止めにかかった。奴があの手の表情をしている時、ろくなことを考えていないのは火を見るよりも明らかなのだから。理解した方が負けである。
「なんでもいいけどさ……木村、俺の背中から足退けてくんね?」
「おっと」
「おっとじゃねえんだよおっとじゃ……ていうか、あんたら三人とも文化祭準備は?」
やっと一茶から解放された緑がよろよろと立ち上がりながら、珍しく正論を吐く。だがこの面子に正論がきちんと機能するはずもなく。
「なんかめんどくてだるいな〜って思いながら廊下ふらふらしてたら緑が告白されてたからぶちのめした」
「上に同じく。ていうか逆に緑はなんで準備に参加してないの?」
「僕のクラスは割と人手が余ってるのと、部活動停止期間なのと、かといってバイト詰めたら角が立ちそうだったのとでちょっと暇」
「木村はともかく赤山と空島は仕事しろよ。後俺はまあ……さっきのと、後今日は元々知り合いの部活に助っ人頼まれてたから、クラスの方には行けないって連絡済み」
梅吉と青仁は揃ってサボりを明言し、一茶は珍しく比較的まともな発言をし、前者二人に緑が釘を刺したのだった。
「さっきの?さっきって何かあったのか?」
「一茶見てなかったの?緑が告られてたの」
「僕はさっきちょうど通りがかったところだったからな。ああなるほど、それで緑をボコボコにしてたのか」
「なんで納得してんだよおかしいだろ、今の話に理屈通ってるところあったか?」
「あった」
「むしろ理屈しかない」
青仁と揃って真顔で肯定する。誰がなんと言おうと梅吉の中で今の話は正当な理屈が通った極めて真っ当な流れであった。そこだけは絶対に譲らない。
「好きでもない奴に告白されるののどこが羨ましいんだよ」
「うるせえ!こっちはてめえと違って告白経験がゼロなんだよ!自分の好みとか贅沢言ってられねえんだわ!」
「そーだそーだ!俺らはただ青春の甘酸っぱい思い出を作りたいだけなんだよ!!!」
「いやそれもどうなんだよ、見境なさすぎるだろ」
先程から緑の正論が梅吉のピュアピュアハート(自称)に突き刺さりまくっているが、それはそれ、これはこれである。梅吉は己の青春のせの字もない色褪せた高校生活に、少しでも華を添えたいと願っているだけなのだから。
などと、梅吉は極めて男子高校生らしい思考から緑に対抗していたのだが。
「ふっ、告白経験が欲しいなら僕に名案があるぞ!お前ら二人で告白し合えばいい!」
「ンぶぐっ」
「めいアッ?!」
「うっわあ……」
一茶が殴りたくなるようなドヤ顔で、唐突にどこが名案なんだと突っ込みたくなるような発言をぶっ込んできた為、緑をぶちのめす所の騒ぎではなくなってしまった。なんなら発端である緑が他人事のようにドン引きしている。
「はあ?何をそう嫌そうな顔をしてるんだ、ド好みの美少女に演技とはいえ告白してもらえるんだぞ、むしろ喜ぶべきところだろ」
「いや……」
「なあ……」
青仁と揃って顔を見合わせる。たしかに一茶の言い分にも一理あると言えるだろう。性転換病を発症した直後の二人であったのならば、だが。しかし幸か不幸か、最早素直にそう受け取れるような状況ではなくなってしまったのだ。




