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君は僕の思春期~移動教室の夜、幼馴染と布団の中に隠れた~

作者: 兎夢

 幼馴染を異性だと意識するのはどの瞬間だろう。

 ずっと傍にいた幼馴染を「女」だとか「男」だとか、そういう性の対象として捉えてしまったとき。それが思春期の始まりなんじゃないか、と思う。


 それは「僕」から「俺」に一人称を変えていく過程によく似ている。

 緩やかに、けれど、決定的に。

 自分の中の何かが変わってしまうのだから。


 だから、君は僕の思春期だ。



 *



「なぁ女子の部屋いこーぜ!」


 言い出しっぺはサッカー部の丸山だった。丸山は先生に怒られることを厭わない自由な奴だ。叱られながら「はいすんません」「反省してまーす」ってのらりくらりと躱している姿を、尊敬すべきなのか呆れるべきなのかと思いながらいつも見ている。


「女子の部屋ってやべぇだろ。安田先生がいるだろ?」

「そうだよ。安田先生に怒られるのは流石に……」


 うちの班のメンツが口々に丸山を止める。僕らは四人班だ。改革派の丸山、保守派の二人、それと風見鶏の僕。普段からなんだかんだつるんでいる僕らは、先月に行われた班決めでも自然と集まった。


「怒られて明日丸一日反省文、とかありえそうだよね」

「っ……十森。怖いこと言うな」

「でもありえそー」

「流石は副班長」

「副班長は関係ないって」


 十森は僕だ。

 僕は元来、かなり心配性なのだ。無鉄砲な幼馴染がいるせいで小さい頃からずっとリスクを考えて生きてきたからかもしれない。なんかそれ悲しいな……。

 でも僕が言ったことはあながちありえない話じゃない。安田先生は厳しいのだ。二泊三日の移動教室で、今日は一日目。明日が丸一日反省文で潰されたら悲惨な学校行事になる。


「ぐぬぬ。でも女子部屋いきたくね? 速水さんと移動教室の夜を過ごしてぇ!」

「欲望だだ洩れかよ!」

「うっせぇ! こっちは小学校の頃からずぅっと片思いしてるんだ」


 ぷっ、と丸山以外の男子が吹き出す。僕も笑った。丸山って、本当に速水さんが好きだよな。丸山の片思いは、当の速水さんでさえ知っているほど有名な話だ。


 ――好きな人は誰?


 そんな話は小学一年生の頃にはもうしていた。ううん、幼稚園でさえそういう話はあったと思う。特に男子は好きな相手がクラス替えの度に変わったりするものだ。丸山の一途な片思いは結構珍しい。


「ったく、しょうがない。丸山のリア充化のために男になってやるか」

「怒られるのを怖がってるのは小学生まで、だよね」


 丸山の恋バナでテンションが上がったのか、保守派の二人が重い腰を上げた。賛成三票、風見鶏一羽。賛成票の数が四になるまでに時間は要らない。


「しょうがない。消灯時間までには帰ってくるよ」


 僕らは女子部屋に向かった。

 男子の部屋は二階、女子の部屋は三階にある。先生が看守や門番のように立っているかと思っていたけど、そんなことはなかった。そういえば今は会議の時間だ。


「速水さんの班の部屋は……」

「三一八だよ。和香と同じだから」

「ナイス!」


 幼馴染との会話を思い出し、こそっと告げる。三一八号室のドアをノックすると、はいはーい、と聞き馴染んだ声が返ってきた。


「先生なんですかー? 今は秘密の話の最中で――って、和樹!? 丸山たちもいるし! 何しにきたの?!」

「そりゃもちろん――遊びに来たんだよ!」


 快活に言い切る丸山。


「なにそれー。忍び込んでるのがバレたら私たちまで先生に怒られるじゃん~」

「そこは大丈夫。俺たちの副班長がなんとかしてくれるから!」

「「そうそう!」」

「副班長関係ないし僕にはなんとかできないからね!?」


 僕に任せすぎである。入口で僕らを出迎えていた幼馴染の和香は、僕を一瞥してから小さく溜息を吐いた。


「ま、和樹がいるならどーとでもなるか。南ちゃーん、丸山たちが来ちゃったけど入れていいー?」

「ふぇ!? ま、丸山くんが!?」

「そーそー」

「え、えぇっと……そ、そっかぁ」


 ん? この反応はもしや……。


「うぅ。俺の名前を聞いた瞬間この反応とか凹むわぁ」

「…………」


 たぶん、凹む必要ないと思う。でも第三者の僕が言ってしまうのは野暮なので黙っておく。速水さん含め女子たちからのOKが出たところで、僕ら四人は女子の部屋に入った。


「よ、よう、速水さん。こんばんは」

「こ、こんばんはっ」


 顔を見合い、気まずくする丸山と速水さん。女子たちが丸山に速水さんの隣に座るよう唆し、残る男子は適当な場所に座った。消灯時間まであと一時間ほどだからだろう。布団は既に敷いてある。


 隅っこには女子の荷物が置かれていた。その中に見覚えのあるバッグを見つけ、少しほっこりする。


「さっ、男子も来たところで恋バナを再開しよっか」

「っ、和香ちゃん!?」

「恋バ――こ、恋バナしてたのか……?!」

「ちょっと丸山、食いつきすぎー」


 和香の言葉を皮切りに、八人で話が盛り上がっていく。

 恋バナと言っても、核心に迫るような会話にはならない。あくまで雑談のノリだった。おかげで丸山も速水さんも話しやすそうだ。自然と二人の距離も縮まる。


 こうなることが分かってて「恋バナを再開」なんて言い方をしたんだろうな、と思う。無鉄砲だけど人の心に無遠慮ではない。それが久永(ひさなが)和香(のどか)だった。


「にっしっし。二人とも、いい雰囲気じゃない?」

「……そうだね。和香ナイス」

「まーね。ぶい」


 ドヤ顔ピースがよく似合う彼女は――僕の幼馴染だ。

 出会ったのは幼稚園の頃。うちの隣に引っ越してきた彼女たちと家族ぐるみの付き合いをするようになった。といっても、最近は親が忙しくてなかなか家族ぐるみの付き合いとはいかなくなってきているけど。


 幼稚園と小学校、それから今年。十年連続で同じクラスである僕らは、自他ともに認める幼馴染だ。


「といっても、男子が来てくれなきゃいい感じにもならなかっただろうけどね」

「なら丸山が頑張ったおかげだ」

「それねっ。ずっと片思いとかすごいなー。誰かさんは花組の小鳥ちゃんから毎年変わり続けてるし?」

「べ、別にいいだろそれは……。僕の話は関係ない」

「かもね~?」


 くつくつと和香が笑う。ショートカットがふんあり揺れた。


「それで? 今年の好きな人は誰なのー?」

「その聞き方はやめてくれって。僕だって毎年変えてるわけじゃない」

「変わっちゃうだけ、だもんね。別のクラスになると冷めちゃうから」

「~~っ」


 まったくその通りだから何にも言えない。

 クラスが変わると距離が変わる。だからなのか分からないけど、僕は一年以上恋を持続させられたことがない。小学六年生の頃に好きだった子は、数少ない中学受験組だったので別の学校になってしまった。


「ほらほら、言ってみ。好きな人くらいできたんじゃないの?」

「できてないって。僕を惚れやすいチョロ男子だとでも思ってるの?」

「うん」

「うん、じゃなくて!」


 僕はチョロくない。断じて、チョロくない。

 ……と思うけど、あんまり自信はないかなぁ。


「――あ」

「お、白状する気になった?」

「いや違う。――みんな、見回りが来てる。もう消灯時間だから」


 時計の指す時刻は午後十時。廊下から薄らと足音が聞こえる。安田先生のものだろう。


「ど、どうする!? 流石に今出ていくのは……」

「とりあえず電気消して布団に隠れよっ。男子も、布団使っていいから」


 素早く和香が言い、全員が納得する。丸山と速水さん、保守派の二人、女子二人がそれぞれ毛布を被って隠れる。部屋の電気を消して男子二人の布団に潜ろうとしたところで、くい、っと引っ張られた。


「ちょっ――」

「和樹のばか。男子三人で入ったら明らかに変でしょ」

「……確かに」


 和香と二人で布団のなか。

 枕に和香と僕の頭が乗る。和香の顔がすぐ近くにあった。暗いけど、近いから見える。ショートカット、つぶらな瞳、少しだけアンニュイな表情。


 ――ふにっ


「…………」


 もぞりと和香が身じろぐ。

 何やってるんだ。動いたら先生にバレる。ふるふると首を振ると、和香は僕の手に目をやった。


 ――ふにっ


 僕の左手は何か柔らかいものに触れていた。

 はて何に触れているのかを見遣って――息が止まる。僕の手は、和香の胸のあたりに触れていた。


「っ、ご、ごめ――」


 謝ろうとする僕に対し、和香は口元に指を添えることで応じた。静かに、という仕草。いつもより大人っぽい表情に、とくん、と胸の奥が鳴る。


 ――ふにっ


 柔らかい感触に触れ続けてる。

 がたんと扉が開いた。安田先生の気配がする。やたらとうるさくしないのは、厳しいけど生徒のことを考えている安田先生らしかった。


 ――ふにっ


「~~っ」


 ジャージ越しの感触に身悶える。

 ラノベとか漫画で、ラッキースケベなシーンは見てきた。けど、そういうのとはまったく違う。柔らかいけど揉めるほどじゃないし、沈み込むほどでもない。ただ「男」じゃなくて「女」なのだ、と否応なしに分かる柔らかさ。


 多幸感だ。

 ゾクゾクと甘い電流が走って、体が――。


「ふーぅ。なんとかなった」


 安田先生が部屋を出て暫く経ち、女子の一人がそんな風に言った。それを合図に各々が布団から出る。僕も体の火照りを誤魔化すように、手で顔に風邪を送った。


「おーい、お二人さん~?」

「っ、お、おう。なんとかなったな」

「見つからなくてよかった……ね」


 最後に出てきた丸山と速水さん。二人の表情は明らかにさっきよりも溶けている。しおらしいその様子を見て、僕らは否応なしに察した。


「おめでと、二人とも! このお祝いはまた明日にするとして……男子はさっさと撤収するべし!」


 二人は否定しない。つまり、そういうことなのだろう。保守派の男子がニヤニヤしながら丸山と出ていく。


「和樹? なにボーっとしてんの?」

「え? えっと……」

「さっきのことなら気にしなくていいからね。私も、ちょっとびっくりしちゃっただけだし」

「えっ」


 和香に言われて、僕は手に残った感触を思い出す。

 けれど、気にしなくていいと言われた。それにいつまでもぼーっとしているわけにもいかない。


「わ、分かった。じゃあまた明日」


 僕は三人の後に続いて外に出る。

 東京より寒い夜の空気が、熱くなった頭と体を冷やしてくれた。


「~~ッ。ダメだ、絶対に忘れられない……」


 初めて、和香を「女」と見てしまった。

 部屋に帰っても丸山をからかったり祝ったりすることができず、僕はずっと布団の中で悶えていた。

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