馬岱の気持ちを考えよう
三国志。
とある武将。
別に大活躍したわけではないが、地味に記憶に残る武将がいる。
その名も馬岱。
「ここにいるぞ」のセリフであまりにも有名な彼だが、その気持ちを考えたことがあるだろうか?
諸葛孔明が死して三国志の物語が幕を閉じようとするとき、謀反を起こそうとした魏延を打ち取る大仕事を成し遂げた彼ではあるが、果たしてその心中はいかなものだったのか。
考えるだけで眠れなくなる。
馬岱は孔明から魏延が謀反を起こそうとした時に彼を打ち取るよう命じられていた。
表向きは魏延に従うふりをしながら、自分の役割を果たす時をただひたすら待っていた。
冷静に考えてすごく緊張すると思う。
きっと、失敗しないようにこんなことをしていたはずだ。
「俺を殺せるものがあるか!」
「ここにいるぞ!」
部下が叫ぶと同時に、訓練用の武器で切りかかる馬岱。
あまりの気迫に部下は悲鳴を上げる。
「ひぃー! お許しを!」
「何をしている! 練習にならないではないか!」
「あっ……あの……こんなことをして何の意味が……」
「黙れ! 黙って練習に付き合え!」
部下たちにも秘密の命令については話せない。
しかし、もし万が一、本番で失敗したら大事である。
何事もトレーニングが大切だ。
本番で魏延を打ちそびれでもしたら末代までの恥さらし。
絶対に失敗できないのである。
「俺を殺せるものがあるか!」
「ここにいるぞ!」
馬岱による秘密の特訓は連日深夜に渡って繰り返されたという。
また、こんなこともあったかもしれない。
「あの……お呼びでしょうか」
魏延に呼び出された馬岱。
「いや、あのさ……俺さ……」
ついに反乱を起こす算段を立てたのかと、胸を躍らせる馬岱であったが、魏延が口にしたのは思わぬ言葉だった。
「俺さ、色々あったけどこれから大人しくしてさ、
堅実に生きて行こうと思うんだ。
だから……反乱とかやめるわ」
「は?」
このままではまずい。
魏延が改心してしまったら、今までの苦労が水の泡だ。
さんざんヘイトを集めたキャラが改心してハッピーエンドとか絶対にありえない。
「どうして諦めるんだそこで!
クソ忌々しいパリピ髭親父(孔明のこと)への恨みを忘れたのか?!
最後まで頑張れよ、諦めんなよ!」
「でっ……でもぉ……」
「でもじゃない! やれ! 俺も強力するから」
「馬岱……」
説得の甲斐もあって魏延は蜀に反旗を翻す決意をしたようだ。
これでよい。
ついにその時がやって来た。
楊儀と対峙する魏延。
馬岱は固唾を飲んで行く末を見守る。
さっきから鼓動の高鳴りが抑えられない。
失敗したらどうしよう。
ちゃんと首を刎ねられるか自信がない。
あれだけ練習を重ねてきたのだ。
絶対に大丈夫。
俺はできる。
俺はやれる。
俺は……。
「ここで自分を殺せるものがあるかと、
三度尋ねて何も起こらなければ城を明け渡そう」
楊儀が魏延に言う。
さぁ……叫ぶのだ。
俺を殺せるものがあるか、と。
奴が一声叫んだ瞬間「ここにいるぞ」と答えて奴の首を刎ねるのだ。
一世一代の晴れ舞台がついに……!
「俺を殺せるも……ううん」
ここぞという時に言いよどむ魏延。
いったい何を躊躇っているのか!
「やっぱりさぁ、やめようかなぁ」
バカやろおおおおおおおおおおお!
ふざけるなぁあああああああああ!
俺がどれだけ練習したと思ってるんだ!
毎晩、練習し続けたせいで、部下から頭がおかしくなったと疑われてるくらいなんだぞ⁉
ここでお前がビビッて反乱を起こさなかったら、俺の苦労が水の泡だ!
絶対に……絶対に許せない……!
鬼のような形相でにらみつける馬岱。
魏延はそんな彼の視線に気づいた。
(馬岱……ずっと応援してくれてたもんな。
お前の前でこんな情けないマネはできない!)
馬岱の視線を応援と勘違いした魏延は背中を押されたと思い、ついにあの言葉を口にする!
「ここに俺を殺せるも――「ここにいるぞ!」ええ⁉」
魏延が言い終わるよりも早く、馬岱の武器が彼の喉元を捕らえた。
そして……。
すぱぁん!
空高く舞う魏延の首。
くるくると血潮をまき散らしながら青い空をかけて行く。
その光景をじっと眺める馬岱。
ああ……ついに俺はやったのだ。
頑張ったぞ俺。
頑張ったぞ馬岱。
こうして彼は歴史の一ページにその名を刻んだのである。
めでたし、めでたし。