第98話 ライバルと嫉妬と初恋篇⑧ 瑠依の気持ち、タケオの意見、キールの言い分
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「で、問題はキミのほうだよね。ルイスちゃんだっけ?」
「え、私?」
芽依さんが今度は私の方を見る。
彼女の瞳は黒を基調としていて、中に少し赤い色が散っているように見える。
睨まれればすくみ上がるほどの眼力を持つ目だが、見つめられれば心の奥底まで見透かすような深みを宿していた。
「そっちのチビたち二人は要するにあれでしょ、そこの彼と結婚を前提に異世界から来てるわけで。それでキミはそんな愛の巣で一緒に暮らしてるわけで。つまり三人目の奥さんになるつもりなのかしら?」
「お、奥さんって、そんなつもりは……!」
私は慌てて否定する。
私なんかがタケオくんの奥さんなんて恐れ多い。
でも言われてみれば確かにそうだ。私はもしかして、兄妹の……夫婦の間を邪魔しているのではないだろうか。
「ちょっと芽依。瑠依をイジメたら私たち黙ってないよ」
「そうです、瑠依さんは全然お邪魔虫なんかじゃありませんよ」
「アレスティアちゃん、エウローラちゃん……!」
アレスティアちゃんが腰を浮かし、エウローラちゃんは芽依さんから私を守るように抱き寄せる。はわわ、私年下だけど、お姉ちゃんに守られてる感じがして、いいかも。
そしてテーブルの上にはいつの間にか二人の精霊獣であるルルとピピの姿が。
「るーッ!」「ぴぴっ!」と全身を使って威嚇している姿が可愛い。
「おお、これが噂の精霊獣!」
食いついたのはキールさんだった。
精霊とは異世界のヒトにとっては神にも等しい存在……というか神様そのものって言ってたっけ。それじゃあこの反応も納得というものだ。
「ふーん、あのチビたちが強くなったものね。でも――」
ギンッ、と再び芽依さんの瞳に力が宿る。
その途端、空気が重くなる。息がしづらくなる。
私は思わず「ヒッ」と小さな悲鳴を漏らし、ルルとピピは自分の主の元へ抱きついていた。
「私に敵意を向けるのはマジでやめて。そこらの子供なら流せるけど、あんた達は精霊魔法師の卵。私だってそれなりに対処しないといけないくらいの実力はあるんだから」
「で、でも……!」
「そ、そうです……!」
二人はそれでも芽依さんに食って掛かった。そうか、アレスティアちゃんとエウローラちゃんは今、私のために芽依さんに立ち向かってくれているんだ。なら、私だけ黙っているわけにはいかない。
「や、やめてください芽依さん。あなたがおっしゃることもわかりますが、私たちはまだ中学生なんです。タケオくんとアレスティアちゃん、エウローラちゃんはまず、家族として、兄妹として、お互いを知ろうと一緒に暮らしているんです。親同士が決めたからって、即座に夫婦になれるわけではない、と思います」
こんなにハッキリちゃんと喋ったのっていつ以来だろう。
でも友達のためと思えば頑張ることができる。こんなこと初めての経験だった。
「それもそうよね。頭ごなしに結婚しろなんて言われて、ハイそうですかってわけには行かないわよね。……うちもそうだったし」
うん? 最後の芽依さんの言葉は聞き取れなかった。
なんて言ったんだろう……?
「それじゃあ、今度はそっち。タケオ・フォマルハウトくん。あなたは現状をどう思っているの?」
「どう、とは?」
タケオくんは水が入ったグラスを置きながら質問に質問を返す。
あまりにも漠然とした質問だと思ったが、話の流れから推察することは難しくない。
「婚約者になるかもしれない腹違いの妹二人と暮らしていて、なおかつ瑠依ちゃんとも一緒に暮らしている現状。もしかしてエッチなこととか期待してる?」
ガタッ、と物音がした。
それはキールさんが立ち上がりかけたのを、芽依さんが手で制した音だった。
キールさんは再び怖い顔になってタケオくんを見ている。
タケオくんはそんな視線に臆することもなく、普通に口を開いた。
「エッチもなにも。こいつらは妹です。あのクソ親父が複数の女性に産ませた子供です。俺もその一人ですが」
クソ親父……と、タケオくんが呼ぶヒトは、確か異世界で王様をやっているんだっけ。タケオくんにとっては、色々と思うところがあるんだろう。
「親父のことは大嫌いですが、生まれてきた兄妹は、やっぱり家族だと思ってます。こいつらが地球で暮らしたいっていうなら、俺はそれを手助けするだけです。それはそこにいる瑠依も例外じゃない」
え、私? アレスティアちゃん、エウローラちゃんと同じ並びで私が語られるとは思わなかったのでビックリした。
「そいつは俺が助けたんです。だからって別に恩に着せるつもりはないけど、一度助けたんだから、最後まで面倒はみたい。少なくとも瑠依自身が俺の補助はもういらないって言うまでは。そういう意味ではそいつも妹みたいなものなのかな……」
タケオくんの言葉に、私の胸の奥がキュウっと締め付けられる。
この感じはなんだろう、なんなのだろう……。
甘酸っぱくて、苦しいけど心地よい、でも無性に叫びだしたくなるような感覚。
一つだけハッキリわかることは、私はタケオくんの言葉を受けて、とても嬉しい……嬉しいと感じていた。
家族がいなくて寂しいと思っていたけど、馬鹿だな私。
タケオくんは私のこと、アレスティアちゃんやエウローラちゃんと同じくらい大事に思ってくれていたんだ。それって家族みたいに思ってくれているってことだよね。
「ふうん。正直思ってた返答とは違うけど、でもまあ言われた瑠依の表情を見る限り納得してるみたいだし、口を挟むのも野暮かしらね」
芽依さんは紅茶をグイーッと一気に飲み干す。
そして「フッ」と笑った。まるで私たちを見守るような優しい笑みだった。
「納得できません」
そう発言したのはキールさんだった。
芽依さんは「まあ、あんたはそう言うわよね」と返事をする。
「ルイス様、あなたは魔法世界に帰るべきだ。そして本当のご両親のもとで、失われた時間を取り戻すべきです!」
確かに、その言い分もわかる。
私の両親が、私のことをずっと探し続けてくれていたこと、そして私の無事を知って泣いて喜んでくれたこと。それはとても嬉しいことだ。でも――
「お前な……ご両親の気持ちもわかるが、ちょっと強引すぎやしないか。瑠依はここ最近劇的に生活環境が変わる出来事が二度もあったんだ。三度目で、しかも異世界なんて、あまりいいこととは思えない」
「同じ言葉をタキオン様やエルダ様の前でも言えるのか貴様。精霊魔法使いであるアレスティア様やエウローラ様の血縁者だろうともう我慢できん。部外者は引っ込んでいろ」
「なんだと……?」
またしてもタケオくんとキールさんの間で不穏な空気が。
でもどちらの言葉も正しい……と私は思う。
私のことを第一に考えてくれているタケオくんと、私を探し続けてくれた異世界の両親のために発言してくれるキールさん。
多分どちらの意見も間違ってない。私も……本来なら両親のために一刻も早く魔法世界に帰るべきなのだろう。でも、今は帰れない。帰るわけにはいかない、と感じている。
「うん、じゃあこうしましょう。あんたら決闘しなさい」
「はあ!?」
「師匠!?」
突然の発言に私は驚く。いや、私だけじゃない、タケオくんもキールさんも、アレスティアちゃんもエウローラちゃんも目を見開いて驚いている。
「男二人が、一人の女を挟んで意見を対立させてるんだから。こういうときは昔から決闘でケリをつけるって相場が決まってるのよ」
「そ、そんな、芽依さん、決闘だなんて……!」
私は反対しようとした。
でもそれよりも早くキールさんが――
「私は一向に構いません。そこの男が臆病風に吹かれなければの話ですが」
「なんかすげー乗せられてる気がするが。お前をボコボコにできるなら敢えて乗ってやってもいい」
「抜かせ。実力差もわからぬ素人が」
「はいはい。言ってろ」
芽依さんは実に愉快そうだった。
先程まで喧嘩はダメと言っていたのに、決闘となった途端楽しそうにしている。
私には喧嘩と決闘の違いなんてわからない。
どちらも同じく傷つけ合うことではないのだろうか。
「アレスティアちゃん、エウローラちゃん、お願いだから止めて……!」
「え、なんで? こんなに面白そうなのに!」
「大丈夫です。いざとなったら私たちが全力で止めますし。兄さんに怪我なんかさせません」
ダメだ。ふたりとも目がキラキラしてる。
芽依さんとおんなじで、状況を心から楽しんでる。
「さて……これであの子の実力も見極められるかな」
ポソっと芽依さんがつぶやいた言葉は、どうやら私にしか聞こえなかったようだ。
見極めるってどういうことだろう……? タケオくんは喧嘩なんかできるヒトじゃないのに。私は心配で仕方がなかった。




